うまれることと死ぬことと vol.1

私は子供を出産の度に、記念にワインを買っていました。

・・・といってもワインには全く詳しくありません。しかも、夫はお酒を全く飲みませんし、私も普段は全く飲みません。その頃の私は資生堂パーラーが大好きで、店頭で見たカレンダーワインのデザインに一目惚れして始めたことです。

記念の年に醸造されたワインを買うという人は良くいますが、これは単純にその年のカレンダーがボトルにデザインされているというもの。勿論中身もそれなりに美味しいですが雰囲気重視の商品です。

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写真のものはお祝いで分け合って飲み、家に飾ってありますが、子供達が成人した時にプレゼントするものを、それぞれ一本ずつストックしてあります。

2002年の赤いボトルは長男のもの。

2009年の白いボトルは長女のものです。

その間にある青いボトルは2006年に誕生死した次男のもの。この子の分だけはストックはありません。実は私にはその前に流産の経験もあるのですが、あまりに早い時期の流産だったので、その子の分のワインは用意できませんでした。

子供達の記念ワインを眺めながら、私の出産を振り返ります。

 

長男にはあと6年でワインを渡すのだなぁと思うと、なんとも言えない気持ちが胸に広がります。

長男が生まれる前日、私は夢を見ました。血気盛んなとても美しい白馬が馬小屋から出せ出せと猛っている夢です。ちょうど午年だったので、なんだかとても縁起がいいなぁと感じたのを覚えています。そして息子は翌日、大変な難産の末、緊急帝王切開で誕生しました。私の体が準備できていないというのに息子は出る気満々。激しい陣痛の中、時間がばかりが経過する一方で子宮口が殆ど開かないという事態でした。まさに夢で見た白馬のように、出せ出せと猛り狂っていました。

それまでの妊婦生活があまりにも順調で、つわりやトラブルもなく、私は健康そのものでした。スイミングに通ったり、都内をぶらついたり、好きなことを好きなだけやっていた私は、自分に限っては不幸などない、トラブルなどない、と安産を全く疑いませんでした。

どういうわけか、常に自信満々でした。

妊婦友達の悩みや不安を聞いて、いつも励ます側でした。自分には縁の無い世界と思いながら。

神様からの祝福を当たり前のように受け取っておりながら、あたかもそれが自分の力のように錯覚していた私は、神様から見てどれだけ驕り高ぶった人間だったのでしょうか。今私はとても恥ずかしく感じます。

ほんとうに神様は驕り高ぶりを打たれます。私はいざ出産という最終章で、他人の倍の痛みと苦しみを与えられ、しかも私が当時一番避けたかった帝王切開になってしまったのですから。

滑稽ですが、その当時の私は、「帝王切開=負け」と思っていたのです。

その考えは、その後の私の人生に、ずっと暗い尾を引いていきました。私の妊娠と出産を取り巻く波乱万丈は続きます。もし長男のこの顛末で悟ることが出来ていたなら、私のその後の悲しい出来事の数々は無かったと思います。

どうか神様、その頃の私をお許しください。

もしこれから先、私が驕り高ぶるようなことがあれば諭してください。

心から祈ります。


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