うまれることと死ぬこととvol.4

流産から7ヶ月、私は再び妊娠しました。

本当に沢山の感情を経て、再び家族3人の暮らしを楽しく思えるようになってきた矢先でした。次の子が早く欲しい、今すぐ欲しいという焦りはようやく無くなって、「いつか一番良いタイミングで来てください」と思いながら暮らし始めた時にわかったのでした。

嬉しさと同時に不安も一杯で、前の子を流産した週数を越えるまでは夫以外には話さず、祈るように暮らしていました。

小さな胎児の心臓が確認でき、順調に成長しているのが分かりました。

涙が溢れ、「ああやっと私は赦されたんだ」と思った記憶があります。

しかし、危険な時期を乗り越えたことで私の中に新たな「欲」が湧いてきました。

私は長男を出産するとき不本意ながら緊急帝王切開となってしまい、そのことは私の中で「敗北感」として残っていました。もっと私が痛みに耐えていれば普通分娩できたのでは?という思いが沸々と湧いてきて、自分の軟弱さを責めるような気持ちが常にありました。

ママ友達との会話の中で必ず出てくる出産話は私をチクチクと刺しました。

「帝王切開になっちゃったんだ?」

「お腹切られちゃったんだね、あの病院はすぐに切るからね」

などという言葉に、私は笑って対応しながらも、心は激しく傷ついていました。

確かに「帝王切開をやりたがる」と噂の病院でしたから、「やっぱり!」という反応が返ってきます。

しかしあの日、陣痛から30時間以上経っても子宮口がうまく開かず、私の苦しみと体力は限界でした。赤ちゃんの胎動が弱まってきているからこのままでは危険かもしれません、という医師の言葉で決意した帝王切開でした。だから敗北感など感じる必要もなかったというのに。

「私だったら耐えられたかもね。痛みに強いから。」

心無い友達の軽口に、私は怒るのではなく、「そうなのかもしれない」と一緒になって自分を刺していました。

そして、ああ普通分娩がしてみたかった、という思いで一杯になるのです。

ですから、帝王切開経験者が普通分娩をするチャンスがあるということを知った時は、渡りに船、天からの恵みだと思いました。しかも友人が出産したばかりの病院でそれが可能だというのです。実家から程近いその病院はとても評判が良く、申し分ありませんでした。

帝王切開経験者が普通分娩を行うことをVBAC(ブイバック)といいます。

私は自分の願いを叶える為、すぐにその病院へ赴きました。

院長先生は少し冷たい印象でしたが、VBAC成功率100%を誇り、安心できると思いました。

私は希望でいっぱいになりました。

『帝王切開という負の経験を塗り替えることができる』

私はまたしても拘りを捨てきれず間違った道へと進み始めたのです。

正しい道と間違った道とは、最初は殆どズレが無いかのように見えて、徐々に離れていくのです。そして気付かずに進んで行くと、最後には対極になってしまうのです。

私は私の考えと行いの通りに、然るべき道へと進んだのだと思います。

『この子は普通分娩で産んだのよ』

誇らしく語る自分の姿しか想像出来ませんでした。

 

神様、どうか私の愚かさをお赦しください。

 


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