うまれることと死ぬこととvol.10

退院の日が来ました。

息子と夫が私を見て嬉しそうにしていました。私も二人の顔を見て、ホッとして泣きたいような気持ちになりました。

外はすっかり秋でした。病院に着いた日の蒸し暑さが思い出されました。たった10日ほどで、季節までもが変わっていたのでした。

身一つで退院していくことが切なく、何か大きな忘れ物をしてきたような心許ない感じでした。

家路につく車の中、私は息子を一日も早く日常生活に戻してやらなければと心に強く思いました。

とにかく頑張らなきゃ、弱気になっている場合じゃない、と心を奮い立たせました。これからが始まりなのだと分かっていました。

お葬式のことも考えました。初めてのことで、どうすれば良いのか全く分かりませんでした。普通はどうするんだろう、皆はどうしてるんだろう、そう考えてから、その滑稽さに呆れました。

普通は、皆は‥‥

本当にそんなことはどうだっていいことでした。

セレモニーホールでのお葬式なんて想像もできませんでした。あの独特な雰囲気を思い出して思わず身震いしました。

かといって家にお坊さんを呼ぶなど、とても考えられませんでした。行ったこともないお寺の、会ったことすらないお坊さんに遼くんを委ねるなんて嫌でした。第一、お経自体聞きたいとは思いませんでした。

私達は狭い我が家で、自分達の手で遼くんを送ることに決めました。

手作りでやった結婚式を思い出し、きっと自分達にはできると思いました。

日の差し込むリビングに祭壇を作ればいい、結婚式で流した音楽を流そう、祭壇にピッタリの綺麗なジャガード織の白い布があったはずだ、燭台としてあの器を使おう、息子のお友達にも来てもらおう、お香典など持たずに来てと皆に伝えよう‥‥

次から次へとイメージが湧きました。

親兄妹の誰一人として私達の意向に異を唱える者は居ませんでした。皆考えていることは同じのようでした。

とうとう9月16日がやってきました。妹や母に手伝って貰い、リビングに祭壇を作りました。打ち合わせをしたわけでも、特別に買い整えたわけでもなく、不思議なほどに着々と準備が整っていきました。使い方が分からず持て余していた器や道具が、この日の為に用意されたものだったかのようにしっくりと役目を果たしました。必要なものは全て家にありました。

息子は黙々と折り紙で手裏剣を作っていました。パステルカラーの優しい色合いの手裏剣が祭壇に沢山並べられました。

その当時、息子は折り紙を買い与えると、全部の裏側に顔を描いてしまいました。笑ったような、とぼけたようなお顔が、どの折り紙の裏にも描かれていました。

ふとその沢山の顔の中に、遼ちゃんの顔を見つけました。

おでこが広くて、お口が大きくて、あどけない顔。

私達は、その絵を遼ちゃんの遺影にしました。写真立ては義母が木彫りで作ってくれたものがピッタリでした。

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それから私達は可愛い柄の入った和紙に塩を包んで小さな籠に沢山並べました。お清めの塩として来てくれた人に渡そうと思ったのです。

時計が10時を回り、私達は棺の中に入れるお花を買いに行きました。まん丸の菊が入った大きな花束を二つと、淡いピンク色の蔓バラを買いました。まん丸の菊、ピンポンマムはその日以来、私の大好きな花の一つになりました。

エンヤの音楽が静かに部屋に流れていました。

準備は全て整いました。

約束の時間が近づき、人々が集まり始めました。私は恋人を待つようなソワソワとした気持ちで過ごしていました。

暫くすると階段を登る音がして、ドアが開きました。遼ちゃんを迎える為に外で待っていた夫が戻って来たのです。腕には小さな桐の棺が抱えられていました。本当に可愛い小さな棺でした。

祭壇に置き蓋を開けると、遼ちゃんが眠っていました。

その安らかであどけない顔に、私は唇を押し当てました。

よく冷えたプラムのようでした。

滑らかな肌の下には、もう熱い血は通っていませんでした。ホルマリンの臭いがツンと鼻を刺しました。

ああ、命はもう此処には無いのだ。改めて悲しみが私の心を深く貫きました。

窓から光が差して、丁度祭壇を照らしていました。

私達は代わる代わる遼ちゃんにキスをして、お線香をあげていきました。遼ちゃんを預かってくださった葬儀社の方が花束から花を手折り、私達はそれを受け取ると、遼ちゃんの棺の中に入れていきました。まるで示し合わせたかのような、流れるような動きでした。

招かれた人々も私達に倣って、遼ちゃんにお線香と花を手向けてくれました。大きな二つの花束の花が全て棺におさまりました。

私の一番のママ友達が、柔らかなよだれかけをそっと首元にかけ、小さな木のガラガラを手元に置いてくれました。よだれかけには愛くるしいウサちゃんのアップリケが、そして名前と誕生日とが刺繍されていました。泣きながら縫っている彼女の姿を想像して、有難くて涙が出ました。焼いてしまうには忍びなくて、私はそれを記念に貰いました。

義母が自宅の庭に咲いていた花を花束にして持って来てくれました。最後にそれを足元に置くと、遼ちゃんがおばあちゃんちのお庭で遊んでいるように見えました。

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お日様の光が遼ちゃんの顔を照らしていました。光が溢れ、天使のラッパの音が聞こえるような気がしました。

私達は満ち足りていました。悲しいけれど、何か大きなものに包まれ満たされていました。

神様、今はわかります。

あのとき、私達はあなたの愛に包まれていました。

全てはあなたの御心のままに。


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