うまれることと死ぬこととvol.13

月日が経ちました。

私の子宮がきちんと機能を取り戻したかを確認する検査の日が近づきました。

今回の私のケースのように子宮が裂けてしまった場合、その縫合の具合では回復の過程で子宮が変形してしまうこともあるということでした。その場合は妊娠が難しくなるとの説明を受けていました。

自信を持って大丈夫と言える、と院長先生は言い、きっと大丈夫だ、と私も何故か不思議と確信がありました。

きっと必ず遼ちゃんは戻ってくる、そう思っていたのです。

検査の日が近づくと、私の頭の中に「もしも」と悪い考えがよぎるようになりました。必死でそれを追いやっても打ち消しても、完全に消し去ることはできませんでした。

前日の夜中のことです。

私は何か、雷のような轟音に飛び起きました。

心臓がドキドキと脈打っていました。

隣には息子が、その向こうには夫がすやすやと寝息を立てていました。あのような大きな音で目覚めないことがあるだろうかと不思議でした。私は後ろを振り返り、棚の上の遼ちゃんのお骨に目をやりました。当時私は寝る時、お骨も寝室に連れて来ていたのです。

お骨は何事も無かったように、ただ、そこにありました。

再び横になろうと布団に目を落としたとき、私は息を呑みました。

息子と私の間に、赤ちゃんがいたのです!

生後1ヶ月くらいの、ふっくらとした赤ちゃんが、一生懸命手足を動かして‥‥それはもう、ご機嫌な様子でした。

どこか透き通った、実体のない赤ちゃんを、私はただ驚いて見つめていました。

「‥‥遼ちゃん?」

おずおずと聞くと、赤ちゃんはニコニコして手足を動かしていましたが、そうとも違うとも言いませんでした。

女の子のように見えました。

「また私のお腹に来てくれるの?」

今度ははっきりと赤ちゃんが反応しました。嬉しそうに頷いたように見えました。

「‥‥そうか、わかったよ。ありがとう」

私は泣いて、遼ちゃんのお骨の方に振り返りました。お骨はただ、そこにありました。

「わかったよ、遼ちゃん、ありがとう」

それから再び布団に目をやると、赤ちゃんは居ませんでした。

翌日、検査をする病院に向かう私の足取りは軽やかでした。夜中の赤ちゃんは、きっと大丈夫だということを伝えに来てくれたのだと思ったのです。

検査は、子宮の中に液体を注入して、形を投影するというものでした。バリウム検査と同じような仕組みです。

子宮の中に液体が入っていく感覚は、ぞっとするような、逃げ出したくなるような気持ちの悪いものでしたが、必死で耐えました。

子宮は丸く綺麗な形をしていました。

結果はわかってはいましたが、涙が溢れました。

「妊娠しても大丈夫ですよ。安心して、自信を持ってください。」

院長先生も嬉しそうでした。

帰り道、私は祈っていました。クリスチャンでもないのに、手を組んで空に向かって祈りました。本当はその場で跪いて祈りたい気持ちでした。

空から沢山の祝福が降り注いでいるようでした。

私は、あたたかな光に包まれていました。

 

 

神様、私はあなたを知らずに、あなたに向かって祈っていたのですね。

全知全能なる主よ、あなたの御名を讃えます。


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