うまれることと死ぬこととvol.14

2009年が明けました。

私達は春の沖縄へ、鯨を見に行く計画を立てていました。息子が小学校に上がる前の家族の記念旅行です。

私の長年の夢でもあり、また、大きな本物の鯨が泳ぐ姿を見たら、息子はさぞかしビックリするだろうと思ったのです。

せっかくだから今度は少しゆっくり滞在しよう、と夫が休みをやり繰りしてホテルや飛行機の手配をしてくれました。

いよいよ長年の夢が叶うのです。青い海を雄大に泳ぐ鯨の姿を想像して、私が一番ワクワクしていました。

その夜、一人で湯船に浸かっていた時のことです。ふと頭の中で、

「もし、今私が妊娠していたとしたら、旅行はキャンセルだな」

という考えがよぎりました。

「‥‥そしたら、残念に思う?何で今、って思う?」

急に私の中で誰か別の声が聞こえた気がしました。私はびっくりして、

「全然!喜んでキャンセルする!生まれてから、皆で行く方がいいもの!」

思わず口に出していました。

その出来事はずっと私の頭から離れませんでした。でも余りにも不確かすぎるその予感を、私は誰にも話すことができず、心の中におさめました。

日に日に予感は確信に変わっていきました。体に明らかな実感がありました。

予感が確信に、確信が事実になりました。私は妊娠していました。

私は真っ先に遼ちゃんの病院の看護師長さんに伝えました。彼女は既にその病院を離れ、大学病院で働いていたのですが、ずっと私を励まし、サポートし続けてくれていました。彼女は私の妊娠を心から喜んでくれました。

私は遼ちゃんの病院に行きました。あまりにも初期の妊娠で、赤ちゃんの心臓までは確認できませんでしたが、子宮の中には確実に命の始まりがありました。院長先生も本当に嬉しそうでした。

しかし、その一週間後、私の心を凍らせる出来事がありました。私の下着にベッタリと茶色の血が付いていたのです。私の脳裏に数年前の流産のことが蘇り、クラクラしました。私は震える手で夫と病院に電話をかけました。

それから私は遼ちゃんのお骨に向かって泣いて祈りました。ひたすらに祈りました。

一体どれくらいそうしていたのでしょうか。気付けば夫が帰ってきていました。まるで近所にいたのかと思うくらいの速さに思えました。

入院も想定して荷物をまとめ、ママ友達に息子の幼稚園のお迎えをお願いして、私達夫婦は病院へ向かいました。

一刻も早く確認してほしくもあり、見るのが怖い気持ちもありました。本当に最悪の数時間でした。

そんな私達の心配をよそに、エコーには前回よりも少し大きくなった胎児がはっきりと映り、心臓が脈打っていました。

私は涙を流していました。

神様、神様!

声に出さず、心いっぱいに叫んでいました。流産した時と全く同じ、予断を許さぬ状況であるにもかかわらず、何故か絶対大丈夫だと信じることが出来ました。それくらいのパワーが、赤ちゃんから伝わってきました。

ああ、本当に、生命とは何と尊いのでしょうか。規則正しく打ち続ける小さな鼓動は、神様の声のようだと思いました。

私は毎日祈りました。晴れの日も、雨の日も、降りしきる雪の日も。本当に四六時中祈っていました。自分の中にボンヤリと認識する、空の彼方におられる方に。

出血は、後にも先にもその一度限りでした。

 

 

神様、私はあの日々を懐かしく思い出します。

あなたが共に居てくださったことを、今の私が感じています。

あなたの慈しみに心から感謝します。


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