うまれることと死ぬこととvol.15

お腹の子は順調に成長していきました。

私の健康状態も良好で、外見は全く普通の妊婦さんと変わりませんでした。

妊娠5ヶ月に入ると、万全を期すためにNICU(小児新生児救命)のある病院に移ることを強く勧められました。私は遼ちゃんの病院でリベンジしたいという気持ちもありましたが、やはりリスクを回避するべきだと思いました。院長先生が市立病院の産婦人科の部長宛に紹介状を書いてくれました。そこは私の住む市の一番大きな病院であり、NICUは関東でも非常にレベルが高いと評判でした。

私達には希望しかありませんでした。

 

診察の日は夫も午前中会社を休み、息子と共に付き添ってくれました。

診察室には私一人が呼ばれました。夫と息子は待合室で絵本を読んでいました。

 

中に入ると、この科の一番偉い先生が浅黒い顔を険しく曇らせていました。そして、私の顔と紹介状を見比べると、大きなため息をつきました。

「なんであなたのような人が妊娠しちゃったのかな。」

私は耳を疑いました。

「普通だったら子宮を取っちゃうんですよ。なんでかなぁ。」

凍るような一言でした。

「5ヶ月になっちゃったら仕方ないな。ちゃんと生みたいのなら5キロまでしか体重は増やさないでくださいね。それに、万が一のことがあっても、こちらでは責任取れませんから。そのこと分かりますよね?」

矢継ぎ早に浴びせられる言葉に、私はあまりのショックに返す言葉もありませんでした。その代わりに私の目からはとめどなく涙が溢れました。

一人の看護師さんが私の耳元に「ごめんなさいね、本当にごめんなさい」と囁きました。傍らで働く看護師さん達は皆、申し訳なさそうに目を伏せていました。

「本当に、なんで妊娠しちゃったんだか。」

ため息交じりの彼の独り言が、退室していく私の背中に追い打ちのように刺さりました。

 

泣きながら診察室から出てきた私を見て、夫は黙って会社に電話をかけました。午後も休みになった夫に、私は診察室でのやり取りを泣きじゃくりながら話しました。夫は「ここは、やめよう」と言いました。

私達は途方に暮れてしまいました。

このまま市立病院に通い続けることは、私自身も、とても無理だと思いました。毎回毎回の診察が喜びではなく、恐怖と苦しみになることは明らかでした。リスクがあっても遼ちゃんの病院で生む方が良いのではないかと思いました。これから新しく信頼できる病院を探すことは気の遠くなるようなことでした。

本当に堂々巡りでした。考えても考えても答えは出ませんでした。

神様、助けてください・・・私は祈っていました。

そんなときに遼ちゃんの病院の看護師長さんが思い浮かびました。できるなら次の子も彼女に取り上げてほしい、私の心は、本当はずっとそう願っていたのだと気付きました。彼女が遼ちゃんの病院を去ったと知った時、その願いは叶わないのだと心がしぼみ、固く蓋をしていたのです。きっと彼女が遼ちゃんの病院に居続けていたなら、私は迷わずその病院で生む決断をしたに違いありません。結局私は「彼女に」取り上げてほしかったのでした。

断られたら一体どうしたらいいのだろう、と不安になりながらも、彼女が何らかの答えを持っている確信がありました。

 

彼女は快く受けてくれました。彼女の勤める大学病院には一人、本当に素晴らしい先生がいて、彼になら安心して任せられると話してくれました。

そこからは嘘のように話がトントンと進みました。

あれよあれよという内に診察の日程まで決まってしまいました。なかなか入れない大学病院に、担当医師まで指定して・・・

看護師長さんが強く働きかけてくれたのだと分かり、有り難くて涙が出ました。

 

診察の日は麗らかな春の日でした。

病院の周りは田園風景で、菜の花と濃いピンク色の桜が咲き乱れていました。長い長い待ち時間、私達は花の香りを胸いっぱいに吸い込んで、柔らかな光の中をお散歩して過ごしました。

本当に幸せに満ちていました。

 

笑顔の看護師長さんがそこにいました。彼女はずっとプライベートで私を支え続けてくれていましたから、なんだか白衣姿がとても新鮮に感じました。

初めて会う先生は、とても穏やかな目をしていました。

「絶対に大丈夫ですよ。安心してください。」

朗らかで力強い声でした。決して気休めではないことは先生の目を見ればわかりました。

私は涙を流していました。

「予定日は・・・9月5日ですね。」

ドキリとしました。遼ちゃんの誕生命日だったからです。そこまでは看護師長さんも話しているはずもなく、その偶然に皆が驚きました。

エコーには元気に動く女の子が映っていました。いつかの夜中に私の目の前に現れた、あの透き通った女の赤ちゃんが思い浮かびました。

 

地獄と天国、牢獄と葡萄園。

私はその両極端を見、良い方を掴むことが出来たのでした。

求めよ、されば与えられん・・・有名な言葉が思い浮かびました。それが聖句だとも知らずに。


マタイによる福音書7章7節

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」


 

遼ちゃんの誕生死から3年後の命日は、新しい命の誕生の日となるのです。

喪が明けて生まれ出る新しい命。

まるで、ずっと前から計画されていたことのように思いました。

 

 

神様、あなたのなさることは、なんて緻密で完全なのでしょうか。

主よ、あなたを讃美します。

 

 

 


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