ロマンチックなんかじゃない、アダムとエバのお話

先日、ネットニュースを眺めていたら、ハネムーンの宣伝か何かで、沖縄の古宇利島が取り上げられていました。懐かしい、古宇利島!と思ったら、そのキャッチフレーズが「ロマンチックな沖縄版アダムとイヴ(エバ)の伝説」というようなものでした。その広告自体はちょっと見失ってしまいましたが、例えば▶︎こちらの記事のなかにあるようなものです。古宇利島自体が沖縄版アダムとエバ押しで、大抵このような「ロマンチック伝説」という扱いです。

『天から丸裸の男の子と女の子が降ってきて、空から降る餅を食べて楽しく暮らしていたけれど、ある時不意に「餅が降ってこなかったらどうしよう」と不安になり、少しずつ食べ残して蓄えるようになったところ、餅が一切降って来なくなってしまった。仕方なく自分達で食べ物を探さなくてはいけなくなり生活苦を知るようになった。ジュゴンの交尾を見て男女の違いと自分達が丸裸だと気付き、隠すようになった‥‥云々』

確かに聖書のアダムとエバの話を彷彿とさせますね。

うーん、、しかし、アダムとエバがロマンチック‥‥‥とは‥‥

大間違いどころではない、大間違い中の大間違いです。

アダムとエバが行なったことは、人間の原罪ですから。それによって人類は神様から呪われ裁かれているのです。ロマンチックなんて、開き直りも甚だしく、どの口が言うんじゃいと思います。

単に神様の言いつけを守らなかった、とか、リンゴを食べた、とか、そういう罪ではありません。彼らが行なったのは、異性の罪です。

以下ご参考ください。

▶一人一人が悪魔の誘惑に打ち勝つことが、この世界を変えることになります。先ずは自分のためにお祈りしてみてください。

▶RAPT有料記事31(2015年12月31日 )アダムとエバが人類最初の祖先ではないと言える具体的根拠。

▶RAPT有料記事87(2016年7月23日) 創造主を愛してこそ、真の愛と平和を享受する。

▶RAPT有料記事118(2016年11月7日)異性の罪について、または主に使われる祝福について。

「いのち短し恋せよ乙女」とか、恋愛経験豊富な方が良いオンナ(オトコ)、遊んでる=カッコイイみたいな風潮アリアリで、恋愛至上主義な世の中ですが、ちょっと立ち止まって考えてみてください。

なんかすごく変人みたいに思われそうですが、(中には怒る人もいそうですが)声を大にして言いたい。

恋が生み出すことは、ロクなもんじゃありません。はい。

恋は変質します。しかし愛は不変のものです。恋は傷付けますが、愛は癒します。恋は騙しますが、愛は真実です。

恋はサタンからのもの、愛は神様からのものだからです。人間はそこをゴチャ混ぜいっしょくたにしてしまいますが、きちんと分けなければなりません。恋を通らないと愛に至らないでしょうか?決してそんなことはありません。以下は有料記事ですが、本当に多くの人に読んでほしいと思います。

▶RAPT有料記事120(2016年11月14日)神様を愛する資格があるのは誰か。本当の愛とは何か。なぜ主の前では多くのものを捨てなければならないのか。

憧れ、キュンキュン♡、甘酸っぱい初恋‥‥誰もが通る道としてこれらを全否定するつもりはありませんが(勿論私も通ってきた道です)、今の世の中は簡単にあっという間に性的なものに直結してしまうので本当に注意が必要です。本当に肉的な欲に偏った世の中です。

性経験の低年齢化や若年層の性病蔓延が社会問題になっているにもかかわらず、テレビや漫画やアニメや文学の世界までもが恋愛至上主義、性的な描写や刺激に溢れかえっている世の中です。まるで恋をしていないとダメみたいな世の中・・・処女童貞は負け組であるかのような世の中・・・おかしいです。

清くあることは恥ずかしいことでしょうか?世の中があまりにも乱れていて、穢れているから、そう思える(思わされている)だけです。

マッチポンプ(自らマッチで火を付けておきながらポンプで水をかける)とは、まさにこのことです。子供達に恋や性への誘惑をバンバン与えておきながら、その結果に大騒ぎするという。本当にそこから変えていかないとダメなんじゃないでしょうか。そこを本当に、子を持つ親である私達こそが、意識を変えていかないといけないと思います。

そして、アダムとエバの原罪は、エバから始まりました。女性には好奇心と浅はかさ、弱さがあることを認めなければなりません。だからこそ、女性から意識を変えていかなくてはと思います。悪魔の誘惑を断ち切らなければなりません。そして、正しい知識で武装して、自分と大切な人の心と体を護っていかなければいけないと思います。

時代が~、世の中が~、と言っている場合では無いと思うのです。多数決で決まることではありません。みんなで渡ろうが誰と渡ろうが、赤信号は赤信号です。

私はこの世のそのような風潮にどっぷり染まって、その常識を当たり前と思って生きていた自分自身、そしてそれを助長し加担する言動をしてきた自分自身を悔い改めながらこの記事を書いています。

未来を担う子供達に、真実と善を手渡していきたいです。

自分の心と体を護り、自分の未来を護ることができる人間に育っていってほしいと思います。そうすれば、自ずと他人の心と体、そして未来をも尊重し護ることができると思うからです。

そして、一人でも多くの人が神様に繋がり、神様から結婚を与えられる人は結婚し、子を与えられる人は子を為し、生涯身を清く貫く人は貫いていけば良いと思います。それら全てが神様から与えられる道であり、どちらが幸福・不幸というものではないのだと思います。全てが神様の御心のままに、なのです。

どうかこれを読んでくださった方々に、神様からの豊かなる祝福がありますように。

心から祈ります。


ロマンチックなんかじゃない、アダムとエバのお話」への2件のフィードバック

  1. 長文失礼いたします。
    この世は本当に恋の風潮ばかりです。音楽、合コン、小説など…。とにかく異性にモテることに主眼が置かれているように思います。
    大学生は遊んで当たり前のような風潮がありますが、小学生のころから何か違和感がありました。
    他の学生が飲み会に行ったり恋愛したりするなどの関わりをしたくないと思っていました(飲み会は数回行きましたが、あの雰囲気は私には合いませんでした)。
    そのためサークル活動はしていません。どうもウェイ感がダメで入りませんでした。
    それはさておき、執筆者様の挙げられているraptブログは私もお薦めします。何が本当に危険で、何が本当に必要かを教えてくれます。
    こう書くと私も変な目でみられますが、おかしいものはおかしいと言える世の中が来てほしいと願っております。
    追記
    実は私も聖書を読もうと思ったきっかけは執筆者様と同じでした。
    raptさんの記事の解明ぶりに感銘を受けて聖書を読み始めました。
    このように兄弟姉妹に出会うことができて私も嬉しいです。
    どうか執筆者様とご家族の方々に豊かに聖霊が降り注ぎますように。

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    1. ちくにさん
      いつもありがとうございます。
      ちくにさんのように、この世の中の間違った常識や風潮に流されない若い人達、子供達が増えて欲しいです。ちくにさんが主の霊に包まれ、豊かに聖霊が注がれますことを祈ります。

      いいね

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