子育てについて考えてみる

私は子育てについて偉そうなことを言える人間ではありませんが、沢山の失敗と悔い改めの日々で思ったことを少しだけ書いてみようと思います。

親というものは子供にとってとてつもなく重要な存在です。

植物を育てるにしろ、ずぶの素人が育てるよりは熟練者の方がよく育ちますし、面倒くさがりでいい加減な人が育てるよりも一生懸命で丁寧な人が育てる方が良いものです。しかし一生懸命でもポイントがずれた人、観察を怠る人、愛しむ心を持たぬ人、理解するための努力を怠る人は、摘んではいけない芽を摘んだり、与えてはいけない肥料を与えたり、伸ばすべき枝を切ってしまったりするのです。そうなると、ボウボウに伸びて雑草だらけでも元気にちゃんと育ったならば、面倒くさがりでいい加減の人の方がまだマシということになります。

ポイントのずれた一生懸命ほど、厄介なものは無いのかもしれません。

また、何でも自分流でやりたがる人がいます。しかし土台の部分、基礎の部分は正しいやり方でやらなくては、とてつもなくイビツに育ったり、実を付けなかったり、場合によっては枯れてしまうかもしれません。その基礎の先を自分流にするのは良いでしょうが、基本を外すこと、最初から最後まで自分流にするのは本当に危険なことです。

基本の知識、核となる正しい知識は必要不可欠なものなのです。

育てるものの質が、育てられるものにとっては本当に死活問題だということです。

私は30歳で長男を授かり、14年間本当に苦しい子育てをしてきました。勿論苦しいばかりではなく、楽しかったことや誇らしいこと、嬉しかったこと良かったことも沢山ありますが、ベースにはいつも拭うことの出来ない「不安」と「苦しさ」があったように思います。それがこの2年足らずで完全に取り去られたことは、奇跡としか思えません。

何故私がこのように苦しかったかというと、私が繋がっていたものや信頼していたものが不安定だったからです。不完全な人からのアドバイス、不完全な人の提唱する教育論や意見、この世の常識、机上の空論に、いちいちグラグラと揺さぶられていました。だから必死であちらこちらの良いものを取り入れながら自分流にやるのですが、その自分も不完全(笑)。矛盾に満ちて方針は二転三転し、収拾がつきません。

宇宙のゴミに命綱を付けても、ゴミと一緒に永遠に宇宙を漂い続けるしかありません。

不変なもの、しっかりとした岩、宇宙ステーションに命綱を付けなくてはいけません。

それが神です。神の指針は不変です。

それと引き換え、人間の作ったものは時と場合によって変化し、移り変わります。とても不安定なものなのです。

私は神様に命綱をしっかりと結び付けたことにより、とてつもなく安定し、絶対の安心感から心が根底から揺さぶられるようなことは無くなりました。

この私の情緒の安定が、私の子供を鎖から解き放ったのだと思います。今の息子の目を見ると、どこまでも透き通っていて真っすぐで、屈折が無いのが分かります。吸い込まれそうです(笑)魂がのびのびと、生き生きとしているのがわかります。

毎日がやる気と工夫に満ち、たとえ嫌なことやうまくいかないことがあっても腐りません。その日の出来事を自分の感想と悟りを交えて話してくれます。

そして塾にも行かず、全くと言って家でも勉強していませんが、そこそこの成績を取ってくるので驚きです。

振り返ってみると・・・

学校がつまらなく、倦怠感で毎日顔色が悪く、何かといえば頭痛と喘息で学校を休んでいた息子。

忘れものばかりで、やる気が無く、宿題はやっつけ仕事で成績もパッとしない、家では寝てばかりだった息子。

中学に入ってからは大好きな卓球だけで生きていたような感じでした。

その場しのぎの嘘をついたり、人を蔑んだり、自分の非を認めないところがありました。

また、7歳も歳が離れた妹に対して常に競争心を燃やし、私の愛を試し、ひがみっぽく屈折していました。

カインとアベルの、まさにカインでした。

カインはアダムとエバの最初の子供です。楽園を追放されたアダムとエバの罪の血が濃く入っているのです。そして未熟すぎる親の育てた子供。

カインは弟のアベルが神様に褒められ自分が顧みられなかったことにひがみ、アベルを殺してしまいます。このカイン根性は多くの長男長女に見られる特徴でもあります。

私自身もそうでした。私は言ってみれば「隠れカイン」で、妹への嫉妬や憎しみは逆に妹を護ることや助けることにすり替わっていて、妹を直接攻撃することは無かったのですが、根底にはいつも嫉妬があり、常に自分が上にいることで安定していました。そして沸々とした怒りの矛先は妹ではなく、全て母親に向けられていました。

私が自分の中のカインを完全に手放すことが出来たことで、息子の中のカインも消滅したように思います。

親が未熟だと、特に母親が未熟だとこうなるのだと、今つくづく思います。恐るべきカインの連鎖。

私の父と母は本当に未熟で、今でもそれは変わりません(笑)。その結果私達兄妹は実に約40年の歳月を苦しみ彷徨ってきました。気の毒にも兄はいまだに闇の中から抜け出せずにいます。私は彼らを反面教師にして子育てしてきたつもりが、結局逆側のルートで同じゴールを目指していたのだと分かり愕然としました。反面教師という時点で、父と母の子育てを軸にしているわけで、そこに固執しているのですから当たり前ですけれど。

私のポイントの外れた自分流一生懸命がどれだけ子供を苦しめ、芽を摘み取って来たのでしょうか。この2年弱の間の息子の飛躍的な成長を見ても、昔の私が如何に間違っていたか、そして今の私がどれだけ善くなったのかが分かります。

私は息子と一緒にこの証をする為に、協力してこの道を通ってきたのかとさえ思うのです。

この、先祖代々累々と手渡されてきた間違ったバトンを捨てることが私達に課せられた使命です。

自分だけの力では、これを捨てることは難しいです。人間の力では無理です。

だからやっぱり聖書を読みましょう、という結論になってしまいます。もうそれしか言えません(笑)

私達が命綱を結びつけるべき岩、宇宙ステーションは、聖書の神です。育児書、教育書、自己啓発、あらゆるハウツーが不要となります。

人間は光と闇を持ち合わせているのだ、闇も必要なのだ、と思っていましたが、そうではありません。

聖書を読むと、闇は全て光を当てて消滅させることができるのだということが分かります。人間は限りなく光に近づけるのです。

狡さ、嫉妬、怒り、蔑み、恨み、憎悪、あらゆる悪を自分から排除して生きていくことができるのです。

親がそうであれば、子供にもその道が拓けていきます。

育てたものが育てたように育つしかないからです。

そのような子育てが出来れば、親も子も本当に幸せだと思います。

闇から引き上げ、私達親子を救い出してくださった神様に心から感謝の祈りを捧げます。

神の道から外れないように、これからも自分の中の悪を滅ぼしながら生きていきたいです。

皆さんに神様からの大きな愛と祝福が降り注ぎますように。


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