父とあんぱん、母と私

父は昔からあんこ物が大好きでした。特にあんぱんには目がありません。

私の家で暮らしていた時、父は散歩がてらにスーパーで買い物をしてくるのですが、いつも決まって買ってくるものがありました。

その店の地域限定オリジナル、「あんこたっぷりあんぱん」です。

普通のあんぱんの2倍のあんこが入っていて、あんこ好きには堪らない人気商品のようです(笑)

あんことパン生地の黄金比を完全に無視した、真のあんこ好きだけが食べることを許された、このあんぱん。

私もあんこは大好きですが、これは食べ切れませんでした。まだまだ修行が足りないようです(笑)

父はいつもこのあんぱん1個と普通のあんぱん1個を買ってきて、まずは本命をゆっくり堪能し、余韻を楽しむかのようにもう1つを食すのです。本当はあんこたっぷりあんぱんを2個食べたかったんでしょうけど。

父の美味しそうに食べる様子が、本当に微笑ましかったです。

認知症が進んできて、将棋をうまく指せなくなっても、窓と網戸の区別が分からなくなっても、このスーパーへの道順は忘れることはなく、あんぱんの買い方や食べ方に変わりはありませんでした(笑)

父が母の元に帰って暫く経った頃、このあんぱんを手土産に持って会いに行きました。電話を掛けた時の母の様子がおかしかったので心配だったのです。

父は母との向き合いやトイレの失敗などですっかりションボリしていましたが、このあんぱんを見て顔がほころび、目を輝かせていました。

本当に大好きなんだなぁと、しみじみ思いました。

一方、その時の母は、父との初めての向き合い生活にすっかり心が荒み、被害者意識の真っ只中にいました。顔付きも言葉尻もサタンそのもので、完全に神様から離れているのが分かりました。

あんぱんを喜ぶ父の様子に、彼女の憎悪の火が付きました。恐らく私が「いいとこ取り」をしている感じがしたのだと思います。

余計なことをしないでちょうだい。

都合の良い時にだけ来て掻き回さないでちょうだい。

神様が何してくれるわけ?何もしないわよ。

私が傷付くであろう、ありとあらゆる言葉を探して投げつけ、敵意の眼差しを向けました。

それでも私が反論せずにいると、母は思い出したように何かを取りに行き、私の顔に憎しみを込めて投げつけました。

それは母が私の為にわざわざ作って送ろうと思っていた数枚の部屋着でした。

「送る手間が省けたわ。これでも持って、さっさと帰ってよ!!!今すぐ!早く!!!」

私の為に服を作って(愛)顔面めがけて投げつける(憎)・・・

今書いていて思わず笑ってしまいましたが、愛憎入り乱れたこの混乱した母の一人劇場に、その時の私はついに乗せられてしまいました。

落ちた服を律儀に拾っては再び投げようと構える母の右肩を私はグイと掴み、抑え付けました。

母の肩はメレンゲのような脂肪に包まれて脆く、少しでも力を込めたら簡単に砕けそうでした。ハッとして私が手を緩めると、母は身を翻そうとしてのけぞり、そのままよろけてバランスを崩しました。

まるで火曜サスペンス劇場のような展開でした。

なんと、母はゆっくりと地面に倒れこみながら、壁に頭をぶつけたのです。

私の手がありましたし、極々ゆっくりと崩れ倒れたので、激しく打ち付けるというよりは、おまけでゴンと当たった、という感じでしたが。

しかし、母は「うーん・・・」と伸びて、すぐに起き上がろうとはしませんでした。

まさに火サスの、「殺すつもりはなかったのに、カッとして揉み合い、相手が壁や石に頭を打ち付けて死ぬ」のやつが、目の前に、それも自分の手で繰り広げられてしまったのです。

全てが母の演技のようにも思えました。

幼い頃、私がおままごとの料理を母に振る舞い、母は本当に食べたふりをして、「うーん・・・」と唸って倒れたことがありました。勿論それは母の悪ふざけだったのですが、幼い私はワンワンと泣き、「お母さん死なないでぇ〜!!!」とすがりつきました。その時の母の様子と重なりました。

もともと耳鳴りとめまいがあった母は、本当に立ち上がれなかったのかもしれません。人間は、いや、老人はこんなに弱く脆いのかと恐ろしくなり、心が掻き乱されました。

救急車を呼ぼうと私が電話に走ると、母は慌てて起き上がりました。119番はすぐに繋がりましたが、結局母が受話器を奪い取り、自分で断ってしまいました。

父はその間、私のお土産のあんぱんを持ったまま、只々オロオロとしていました。

「や、やめてくれぇ!どうしてなんだぁ!どうしてこうなるんだぁ!」

父は泣いていました。

「全部俺が悪いんだぁ」と言うかと思えば、「俺は悪いこと何もしてないのに、何でだぁ」とも言う父に、普段ならツッコミを入れているところですが、それどころではない修羅場でした。

電話を切った後、

「老人に暴力を振るうなんて。ただでさえ私は病気もして骨が弱いの知っているでしょう。」

妙に冷静になじる母に、私は「ああ大丈夫そうだ」と少し安心しながらも、心は激しく悔いていました。母の挑発に乗った自分の浅はかさと愚かさに涙が出ました。母に申し訳ないと思う気持ちは正直ありませんでしたが、只々神様に申し訳ないと思い恥じました。

“敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。‥‥‥‥”

《ルカによる福音書 6章27節 「敵を愛しなさい 」より》

 

この聖句が頭に浮かびました。これは、私達が罪を犯さないように強力に護ってくれる知恵だと気付き胸が締め付けられました。サタンはどんな手を使っても、私達に罪を犯させたいのです。本当に心の底からサタンの滅びを祈ります。

「どうせいずれ死ぬのよ。これで多少早まったって大した違いはないわ」

と言う母に私は

「これが原因で近いうちに死んだら、警察に今日のことをちゃんと話して刑に服するよ。」

と伝えました。母は押し黙りました。

私は母に手土産のケーキを渡しました。サバランという、洋酒の効いたケーキは母の大好物でした。

母の顔に一瞬光が射しました。母は本当に疲れていて、自分こそを労ってほしいと思っていたのだと思います。

お茶を淹れるから飲んで行きなさい、と母は言いましたが、とてもそんな気にはなれませんでした。私の中で母への情の鎖が完全に砕け、解放されたような気がしました。

とりあえずは母が大丈夫そうなので、もう帰ろうと思いました。

私が車に乗り込むと、母は後部座席のドアを開けて何かを押し込みました。母の作った部屋着でした。昔の私なら受け取って今回のこともなし崩し的に終わらせていたのでしょうが、今の私にはとても受け取れませんでした。

黙ってそれを母に押し返すと、そのまま家路に走りました。

運転しながら涙が止めどなく流れ、いつしか大声で泣いていました。神様への感謝と、懺悔と、これから私はどうすれば良いのか、何を求められているのか、泣きながら神様に問いかけ、祈りました。

家に着き、暫くすると娘が、そして普段なら遅いはずの息子までもが帰ってきました。

二人に一部始終を話して、ばあちゃんが無事なように、お母さんが犯罪者にならないように、一緒に祈ってとお願いしました。

泣きながら話す私をよそに、娘も息子も笑って、「えー、大丈夫じゃない?」と言いましたが、一緒に祈ってくれました。

電話が鳴りました。父からでした。

私は一瞬、母が急変したのではとゾッとしましたが、違いました。

「お前が怒って帰ってしまったから、心配で。」

母の様子を聞くと、「大丈夫、今近くにいるけど元気だ」と答えました。

「俺がこんなで不甲斐ないから、苦労かけるなぁ。」

しみじみと言う父の声に涙が溢れました。

「あんぱんは、いっぺんに食べないで、1日に1個ずつ食べなよ。」

私が言うと、「なるべくそうするけど、あれはうまいからなぁ。」

と父が言いました。

届けて本当に良かったと、やっと思えました。

後で気づいたことですが、車の後部座席には母への手土産のケーキも置いてありました。

私も母も、お互いのものを受け取らなかったのでした。

子供達には大人すぎるケーキなので、私が一人で食べました。

洋酒が鼻にツンと抜けて、涙がまた溢れました。私の人生で、これが最後のサバランだろうなと思いました。

 

先日、目眩で倒れた母を息子と二人で見舞いに行きました。丁度息子は修学旅行の振替休日で、京都のささやかなお土産も渡すことができました。私は母には小玉スイカ、父には「あんこたっぷりあんぱん」を持って行きました。

母はすっかり顔付きが穏やかになっていました。大きな小玉スイカを見てとても喜びました。

父が老健に入居したこと、また全てを自分でやり遂げたことで、本当に彼女の重荷が取れたのだと思います。▶︎父の気付き、母の一歩

その足で私達は父に会いに行きました。

父の入居している老健は、実家から車で20分程の古い総合病院の上層階にありました。

父は昼寝をしていたらしく、私達の顔を見ると目を丸くして、「どうしたんだ?!」と飛び起きました。

久しぶりに会う息子を見て、「随分大きくなったんだなぁ、おい。」と、顔を綻ばせました。

「修学旅行のお土産だよ」と息子が包みを渡すと、

「もう修学旅行かよ、いつの間にそんなに大きくなったんだぁ」

と笑いました。

入居者は車椅子の人、寝たきりの人が多い中で、父はどこが悪いのかわからない程にシャンとしていました。

私があんぱんの包みを渡すと、「おー!」と喜びの声をあげて満面に笑みが広がりました。

何だか昔の父のようでした。

「食べてもいいか?」

座って早速あんぱんの包みを開き、「お前達も食うだろ?」と勧めてきました。

「私達はいいよ、全部お父さんのだよ」と言うと、「何だか悪いなぁ」と言いながら、嬉しそうに手に取り半分に割りました。

一口ごとに目を細めて、「ああ、美味いなぁ」と言いながら、あっという間に一つを平らげてしまいました。

「もう一個食べても良いかな」と言う父に、あと一個だけだよ、と言うと子供のように嬉しそうな顔をしました。

「ああ、美味い、美味いなぁ」

私と息子は顔を見合わせて笑ってしまいました。

またあんぱん持って会いに来るからねと、私達は帰りました。

家に着くと、母から電話がかかってきました。

小玉スイカを早速食べて、すっかり元気になったと言いました。

「お父さんにこの間のあんぱん買ってきてあげてと頼もうと思っていたのに忘れちゃったわ」

母が言うので、父の様子を詳しく伝えると、ああ良かったわ、と嬉しそうな声を出しました。

本当に、嘘のように晴れやかな声でした。

母は今、聖書を抱き締めて寝ているのだと聞きました。

父と母が、神と共にいることを祈ります。

 

 

主よ、あなたの指針があるから、私は生きていけます。どうかこれからもこの弱く小さな私を導いてください。

偉大なる主よ、あなたの大きな愛に感謝致します。

 

皆さんに、神様からの愛と聖霊が降り注ぎますように。

 


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