草木と花と、時々毛虫

メダカの赤ちゃんの話の次に何となく恐縮ではありますが、同じ赤ちゃんでも今回は虫の赤ちゃんについてです。

この赤ちゃんは、残念ながら喜ばれる赤ちゃんではなく、見つけ次第駆除のやつです。

庭のある家に引っ越して、慣れないながらも庭いじりを始めましたが、そこで切っても切り離せないのが虫との格闘です。

春になって花が咲き始めると、その闘いの火蓋が切って落とされます。

我が家には小さい子供がいますので、噴霧するような農薬や消毒は避けたいと思い、虫のつきやすい薔薇なども一つ一つ手作業で駆除しています。まだ木が小さいので出来ることなのですが。

以前の私は本当に虫が苦手で、見るのも触るのも嫌なら、殺すなんてもってのほかだったのです。

なので、家に虫が入り込んでしまった時に上手に誘導して外に逃がしてやる技まで身につけてしまいました。

さすがに蚊だけは必要に迫られて叩いて殺していましたが、ハエもよく肥えた奴は潰せず、毛虫芋虫の類いに至っては身の毛がよだち、とてもとても太刀打ちできませんでした。

中身が飛び出すグロテスクさと、命を奪うということに妙に恐ろしさを感じてしまい、極力自分の手で行いたくないと逃げてばかりでした。

ところが、昨年の夏、それを自分の手でやらなければならない事態に陥ったのです。

我が家は公園の遊歩道に面しているのですが、そのポプラの木にアメリカシロヒトリが大量発生したのです!!!しかもどの木にも、というわけではなく、数本に1本の間隔で大量発生しており、我が家の庭に接して立っている木がドンピシャに当たっていたというわけなのでした。

蜘蛛の巣とはまた違う、独特な白い糸で覆われた葉の束がそこここに点在し、その中には夥しい数の毛虫がいるのでした!!それはもう、ゾッとする光景です。ブルブル・・・

夜静かになると、大量の毛虫が葉っぱをパリパリと食らう音が鳴り響くほどです。

音としては悪くはないのですが、あの黒い目の白いフサフサの奴らがビッシリたかって食欲を満たしているかと思うと、本当に失神しそうになりました。

ポプラの木はあっという間にスカスカの薄らハゲ状態になり、奴らは我が家の庭木にも押し寄せてきました。

私は悲鳴専門で、夫だけが必死で対応していましたが、とても一人の力では駆除しきれないことがわかりました。何しろ、夫は平日の日中は居ませんからね。

奴らは高速に移動でき、中には我が家の庭にスカイダイビングしてくるツワモノもいます。しかも好き嫌いせずにあらゆる木に取り付きムシャムシャ始めるので(我が子ならば褒めてやりたいところですが)、もう一刻の猶予もありませんでした。

洗濯物に付いて家に入って来たらどうしよう、間違って素足で潰したら・・・などと想像すると居ても立っても居られない気持ちになり、私の中の何かが切り替わりました。

もう、やるしかない!!!

腹が決まったら、あとはやるだけでした。

因みに以下の記事がその時の私を後押ししてくれました。そうだよね、やっつけなければ駄目よね、と心から思えたのです。有料ですが本当に価値ある知恵ですから、是非読んでほしいです。

▶サタンを完全に始末する方法。

 

奴らと戦うには細身のトングが最強の武器で、

見つける→捕らえる→瞬間力を込め息の根を止める→土に深く突き刺す

この方法で、機械的にどんどんやっつけていきました。深く埋めてしまうので、毛が飛び散ってかぶれるなんていう二次被害も防げます。

敷地の外に放り出したり側溝に落としたりでは、いずれ這い上って来ますから問題を先送りにしているだけです。また、中途半端に息を残しておくのではかえって残酷だとわかり、容赦せず確実に瞬殺することにしました。

腹を括ったとはいえ、最初は気持ち悪くてギャーギャー大騒ぎしながらやっていましたが、夏が終わる頃には動じずに出来るようになりました。

そして秋になり、私と毛虫との仁義なき戦いが終焉を迎えたのでした。

いや〜ホントに鍛えていただきました(笑)

今では薔薇の茎にビッシリたかったアブラ虫も、薔薇の葉を食べるシャクトリ蛾の幼虫も小さいうちなら素手で潰して駆除しています。デッカいのはさすがに素手では無理ですけどね。

この間、庭木に全長3㎝ほどの黒い毛虫を数匹見つけた夫は、自分で駆除せずに私に知らせに来ました(笑)。そういえば、実は彼、毛虫が大の苦手だったのでした。私には絶対に無理だろうと、仕方なく必死でやっていただけなんですよね。

私があっという間に駆除してしまうと、夫から「おおー!」と称賛の声が上がりましたよ(笑)。

 

ところで、ゴールデンウィークに実家の庭でバーベキューをしていた時、子供達が蚊だったか蝿だったかをやっつけようとしていたのですが、義妹が「虫を殺すと祟りがあるから殺したらダメ」というようなことを言っていて、ビックリしてしまいました。

そういえば以前の私もそんな風に思っていましたっけ・・・

「盆に礼に来い」などと言って虫を逃がしてやるなんてことは昔からの日本の習わしですが、(勿論無駄な殺戮は悪ですが)こちらを攻撃してくるものや生活を侵犯してくるものならば徹底的に戦わなければなりません。

そもそも情というものは、サタンの作った惑わし以外の何物でもありません。情にほだされて中途半端に容赦することで、悪を根絶やしにすることができず致命的な罠になるのです。

「情けは人の為ならず」などということわざもあり、特に日本では良いものと思われがちですが、私達が一番に手放さなければならないのは、実はこの「情」だということです。

私はこの執拗に絡みついてくる「情」を手放すのに本当に苦労しました。では手放してみて冷たい人間になったかというと全くの逆で、今の方がずっと人間的に善くなっています。

情はかけた側も、かけられた側も、どちらも堕落へと導くものだと思います。情は「しがらみ」や「打算」、「偽善」とセットで、純粋なものではありません。また、情は弱さに繋がり、愛は強さに繋がります。

このことを私はRAPTブログと聖書で学びました。

情ではなくて、愛を持って生きていきたいです。

この記事もオススメです。

▶RAPT有料記事32(2016年1月4日 )サタンも「愛」と「情」を使う。

 

皆さんに神様から、大きな力と勇気が与えられますように。

 

 


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