季節は巡る

梅雨を忘れるいい天気が続きますね。

昨日、初めてネジバナ(モジズリ)が花を咲かせました。

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ネジバナ第一号さん
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続々と咲き始めました。

 

昨年の今頃は植木も少なく寂しかった庭でしたが、このネジバナが芝生一面に咲いて楽しませてくれたのでした。

とても可愛くて昔から大好きな花です。

また、我が家の昔の住人が植えていた数少ないお花の一つ、紫陽花も咲き始めています。紫陽花は大好きな花の一つですが、この紫陽花はなんとも変わり種、不思議な花の形です。

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綺麗、というか、不思議という言葉がピッタリ

 

その横に義母がプレゼントしてくれた紫陽花も咲き始めました。レースのような花です。

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清楚でとてもかわいいです。

 

素敵なお家に住んでいるお友達の影響で、アナベルという紫陽花の小さい苗を昨年植えました。今年、花を二つだけ咲かせてくれました。

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この花は、ドライフラワーにしてリースにしても素敵です。

すっきりとしているのに、どこか華やかで、とても綺麗です。

そして先週、ホームセンターの隅の見切り棚にポツンと寂しく置いてあった青い紫陽花を思わず我が家に連れて来てしまいました。もう花は盛りを過ぎましたが来年楽しみです。

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何だかんだ言って、青いアジサイが一番好きです。

 

ドクダミはクサイと嫌われ者ですが、葉はお茶にも薬にもなるし、私にとっては大好きな花です。

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潔くさりげなく、可愛い花です。

 

野の花が好きな義母が、珍しい八重のドクダミを分けてくれ、この春たくさんの芽を出して花を咲かせてくれました。

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マニアの間では高値で取引されているそうな・・・

 

 

私はずっと一軒家は面倒くさいと敬遠していました。

実家の荒れ放題の庭に、本当にうんざりしていたのです。

父が東北の会社を営んでいたとき、母も一年ほど父のところに行っていたのですが、その間実家の庭の手入れを私がしていたことがありました。

休みを見つけては家の換気がてら草むしりに出かけていたのですが、夏にもなると草の生命力の方が勝ち、とても追いつかなくなりました。

草と蚊と芋虫毛虫との戦いでした。

まるでジャングルを切り拓いていく探検家の気分です。(笑)

子供の頃から大の虫嫌いで、それでなくとも草むしりのお手伝いは面倒くさくて大嫌いでしたが、一年ほどの庭の管理でホントお腹いっぱい・・・となってしまい、私の中で庭=面倒くさいという確固たる公式が出来上がってしまいました。

ほどなく結婚して17年間ずっと賃貸マンション暮らし。庭いじりなんて絶対にしないぞと思っていた私です。

親が庭を持て余していたという事実がのしかかり、きっと私もそうに違いない、私にはとても出来ない、そう思っていたのです。

一方、夫の実家はと言うと、日本庭園さながらに小さな池や石燈籠があり庭木も趣深く配置されて繁り、芝生も刈り込まれていました。土日ともなると義父は一日中庭に出て、庭師さながらなのです。(引退した今は、毎日庭師です。笑)これはこれで私達夫婦にはとても真似できない、と思う要因でした。

義父は植木中心に手入れしていましたが、母は草花を育てていて、遊びに行く度に庭の花をお土産に持たせてくれました。さりげない野の花が好きなのは私と同じで、家の其処此処にさり気なく活けてある小さな花瓶の草花が可愛くて、私も庭の草花を飾るような家に住みたいと憧れていました。しかし、ずぼらな私にはとても無理だなと半ば諦めてもいました。

 

でも、子供達が大きくなるにつれ引っ越しを考えざるを得なくなり、段々と一軒家に住みたいという思いが強くなってきました。

「こんな家に住みたい」というイメージだけは小さい頃からありました。時々思い出したように紙にリストアップしてみたりしていました。それは、

  • 薔薇と紫陽花とドクダミのある庭
  • 大きなクスノキのある家(どんだけ広い庭なんだか・・・)
  • 階段が面倒くさいから、平屋
  • 義母さんみたいに、庭の草花を家に飾りたい
  • リビングとキッチンと収納さえ広ければ、あとは狭くても構わない

等々・・・・

 

そんな憧れが段々と強くなっていた頃、マンションの下の階の人から苦情が来ました。

子供の声や歩く音、ピンポン球が床に跳ねる音(スイマセン)、椅子を引きずる音、生活のあらゆる音がうるさいというのです。

改善できるものもありましたが(ピンポン球の音や椅子を引きずる音など)、改善できないものもあり、頭を悩ませました。

ただでさえ狭い家で家族全員が息苦しくなっていた頃でしたから、更に気を使わなくてはいけないというストレスが加わり、それぞれがピリピリして精神的にも限界でした。

今思えば腰の重い私達夫婦の背中をタイミング良く押してくれた出来事だったと思います。

 

新居探しは、まずは息子が転校しないでも良い地域で探しました。

マンションも沢山見ましたし、一軒家もそれは沢山見ました。

でも、どこもかしこもしっくり来ないのでした。

自分達が生活している姿が全く想像出来ませんでした。

唯一ここは、という家があったのですが、なんと2階で旦那さんが自死されたという訳あり物件でした・・・これは勿論却下しました。

しかし、もうそこを見た後はどれもこれも色褪せて見え、見る価値はありませんでした。それくらい、その家が物件としては良かったのです。

そんな訳で、もうこの地域から離れよう、ということになったのでした。

 

こうして巡り巡って今の家に辿りついたわけですが、なんだか何十年も住み続けているような錯覚を覚えてしまいます。

あの土地を離れて本当に良かったと家族全員が心から思っています。

今の家を買うことに決めた時から、全てが本当に好循環で回っていきました。

監獄のようで息が詰まりそうだった息子の中学校生活が、驚く程に伸び伸びと楽しいものに変わったことが一番の驚きでした。息子は中学校なんてどこも変わりないだろうから、転校しようとしまいとどちらでも良い、などと言っていたのです。ところが、そんな息子が、毎朝体調の悪かったあの息子が、意気揚々と学校に行くのですから!

唯一気がかりだった息子の部活動についても、ミラクルが続きました。

以前住んでいた市は県内1、2を争う卓球強豪地区で、息子は卓球だけを楽しみに学校生活を送っていたわけですが、新居のある市は卓球部のある中学校が2校しかないという、卓球過疎地域だったのです。そんなわけで、新居から歩いてすぐの中学校はやはり卓球部が無く、迷った末に学区外で一番近い卓球部のある中学校に自転車通学することに決めたのですが、その卓球部は息子と同級生の女子部長一人だけが頑張っている、廃部寸前の男女混合卓球部だったのです。

普通に考えて劣悪としか思えない環境のはずでした。しかし息子の転入と共に卓球ショップの娘さんが新入生で入学して来て、状況が一変しました。卓球ショップのお父さんはクラブチームを運営していて、普通では考えられないような格安の月謝でほぼ毎日練習を開催してくれ、熱心に指導してくれたのです。こうして息子は地区予選で3位、ショップの娘さんは地区予選優勝という実績をあげ、女子部長も勝ち進んで県大会に進出できました。息子の通う中学校は彗星のごとく県大会の常連校として名を上げるようになったのでした。因みにこの地区は7市2町から成る地区なのですが、県の中でも卓球の強豪地区なので、これ、ものすごい快挙なんです。(その中の私達の市だけが卓球過疎地・・・)まさに、漫画のような展開です。

 

また、以前住んでいた市の方が都会で、駅前にお店も沢山ありましたが、今の家の方が逆にスーパーが近くなり、買い物も楽しくなりました。夫に至っては、大好きなホームセンターがより取り見取りに揃っているホームセンター天国なので(しかも渋滞なく行けるという)、本当に生き生きとしています(笑)

 

全てが劣っているようで優っていました。

 

因みに、これは絶対に無理だろうと思っていたクスノキまでもがあるというオマケつきでした。(まだ若木ですけどね。)この木が巨木になる頃には、私達もこの家も、もうこの世にはありませんね。

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更にもう一つ驚いたことは、この家の着工年月日が、なんと息子の誕生日だったことです。

息子が生まれたまさにその時に、前の持ち主がこの家を建てる契約を取り交わしていたのでした。

契約時にそれを初めて知り、さすがに鳥肌が立ちました。

 


《ヨシュア記24章13節より》

『……わたし(主)は更に、自分で労せずして得た土地、自分で建てたのではない町を与えた。あなたたちはそこに住み、自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実を食べている。』

あなたたちはだから、主を畏れ、真心を込め真実をもって彼に仕え、あなたたちの先祖が川の向こう側やエジプトで仕えていた神々を除き去って、主に仕えなさい。”


 

聖書でこの箇所を読んだ時、まさにこの通りだ、と思いました。

自分で勝ち得たのではなく、まさに神様に与えられたという言葉がピッタリの出来事ばかりでした。

そして、与えてもらったものを、十分に活用しようと思いました。(この家のリノベーションの様子はこちらです)

 

だから、私は神様を信じようと思いました。信じられると思いました。

こうして、神様の祝福に感謝感激して過ごす日々です。

振り返ると、全てが夢か幻かのようで、ボーッとしてしまいます。聖書を読み始め、信仰を持ち始めてからの展開が、物凄い速度で進んでいるのです。

 

 

しかし神様は、もっともっと別のステージを用意してくれているのかもしれません。

 

このほど、愛媛に教会が建つことが決まりました。愛媛には何度か行ったことがありますが、東温市は一度も行ったことがありません。日本のエルサレム、楽しみでなりません。

〇RAPT有料記事180(2017年6月12日)私はこれから愛媛を聖地とし、御言葉と天の文化・芸術の発信地としていくだろう。

 

主よ、無事に教会が建てられますように御護りください。

心から祈ります。

 

どうぞ皆さんに神様からの祝福がありますように。


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