私の変化、夫婦の形

先日、一月ぶりに老健に入っている父のところに行ってみました。(父の気付き、母の一歩

感染症対策で、面会は中学生以上という決まりになっているので、小学生の娘は部屋まで行けません。

父の入居している老健は病院の上層階にあり、家族が付き添うのならばと了解を頂き、病院の一階ロビーで会うことにしました。

勿論手土産は「あんこたっぷりあんぱん」です。(父とあんぱん、母と私

父は少し痩せていましたが、とても元気そうでした。

久しぶりに孫娘に会えてとても嬉しそうな顔を見せましたが、また卑屈な顔に戻りつつありました。

またもや、「悔い」に逆戻りしているのだなぁと思いました。

あんなに大好物だったあんこたっぷりアンパンも、バツが悪そうな悲しい顔で食べています。

「こんな俺のこと見舞いに来てくれてわるいなぁ」

「バチが当たったんだよなぁ」

言うことは相変わらずです。

しかし側で聞きながら、私は自分の心の変化に驚いていました。

以前は「救ってあげたい」があまりにも強く、このような父の様子に「どうして」と心が引き裂かれそうになっていたのでした。

今は静かな湖面のように、心が全く波立ちません。

 

私の娘は父の顔を覗き込み、

「おじいちゃん、またションボリ病みたいだねぇ」

と笑い、「よしよし」と父の頭を撫でて、

「わー、じいちゃんのハゲ頭の油だ〜、ほら〜」

などと言っておどけて笑いを誘っていました。

父だけは笑いませんでしたが、代わりに娘の頭を撫でて抱きしめました。

 

「お父さん、お祈り忘れてるでしょ」

私が言うと、父の返答よりも先に隣に座っていた夫がやおら立ち上がり、煙草を吸いに行きました。「また神様話を聞かされてはかなわない」、と言わんばかりの夫のこの行動には思わず笑ってしまいました。

前はいちいち遠慮したり、気遣ったり、気にしたり、傷付いたりしていたよなぁ、と、またもや自分の心の変化に驚きました。

驚く程にどんどん心が軽くなっています。

帰りの車の中で夫に、

「たとえ嫌われても、どんなに馬鹿にされようとも、私は信仰を持ち続けるよ。我慢できなくなったらいつでも離婚してもいいからね。」と言うことができ、更に更に心が軽くなりました。(娘は眠っていました。)

夫の顔はちゃんと見ていませんが、多分傷付いたか腹を立てたか、何らかの動揺はしたんでしょうね。それが運転に表れていましたから。

こんなことすら、私は今まで一度も言ったこと無かったんです。

私達は自他共に認めるおしどり夫婦で、同じ大学の同じサークルで知り合い、8年間付き合ってから結婚しました。

結婚してからは17年、付き合いはじめてからは実に25年です!(長っ!!)

本当に色んなことがあり、色んなことを乗り越えて今に至りますが、喧嘩らしい喧嘩は数える程しかしたことが無く、互いに気遣い合ってきました。

夫は私にダメ出しすることも、責めることも、嫌味を言うことも、勿論暴言や暴力を振るうことも、浮気して苦しめることも、一切ありませんでした。

子煩悩な父、そして妻に優しい夫、私の実家のドタバタにも嫌な顔を一切せず、決して広いとは言えない我が家に父を長期間受け入れ、できる限りのことをしてくれました。

はたから見たら、いや本当に、これ以上無いくらいの良い夫ですね。

だからこんなことを言い放つ私は、世間から見たら宗教狂いの人でなしの恩知らずかもしれません。

全然いいです、それで。

 

私はあまりにも不仲な両親の元で育ったせいもあり、仲良くすることに命をかけていたようなところがありました。夫は自分の感情が波立たないことに命をかけています。だから煙草が必要なんですよね。

互いに干渉し合わず、互いの欠点を大目に見る。

互いに相手の嫌がることを理解して、そこを突かない。

私達夫婦は、究極なまでに衝突を回避していたわけです。

仲良くすることが目的ならば、模範中の模範例ですね。

でも本当に互いに心の内を詳らかに話し合ってきたか、といえば全くといってできていませんでした。

互いに気遣い、察し、慮り、ある程度理解し合ってはいましたが、直接ぶつけ合ってはきませんでしたから。

そういう意味では究極の仮面夫婦と言えるかもしれません。

私は今、やっとやっと、偽善や嘘が全くなく夫に向き合えています。そして、そうなって初めて今まで自分がどれだけ夫に対して誠意を欠いていたかが分かります。

 

私は知り合って以来、夫の好きなものを自分も好きになりました。夫の面白いと思う本や漫画を夢中で読み、一緒にテレビを見て笑い、夫の苦手な分野の会話を避け、夫の許容範囲内で要望を出し、物事を選択していました。

夫の面白いと思うものは実際に面白かったし、好みが似ていたので無理なく合わせられました。中には一部無理なものもありましたが(特に漫画)、それも何故無理なのかという切り口で会話ができるので、殆ど共有できていたわけです。

でも逆はありませんでした。

夫は私が喜ぶことを常に考え、与えようとし、私を守ろうと気を配ってくれましたが、私の発言に対して興味を持って、妻が夢中になっているそれは一体どんなものだろう、という視点は全くといってありませんでした。

自分の許容範囲内ならば、好きにやることを許諾する、というスタンスです。

だから、私がここまで神様を愛し、信仰が深くなっていったことは、彼の想定外であり、許容範囲外だと思います。

私はテレビをほぼ観なくなり、映画にも興味が無くなりました。スナック菓子も殆ど食べないし(前はよく付き合って、食べていました)、昔一緒によく聴いていた曲や歌も全く聴かなくなりましたし(ドライブ中も無音)、本に至っては聖書しか読んでいません(笑)。

そんなわけで共通の話題は激減したようにも思えますが、実際には子供、親、過去や現在の出来事の考察、思い出、友人・・・結構あります。単に俗的な無駄なことを話さなくなっただけですね。

私が偽善を手放し、合わせるのをやめたことで、仲が悪くなったというよりも、嘘が無くなり関係がサッパリとしたと言う方がしっくりきます。夫にとっても、悩みや落ち込みの全く無い今の私、夫にはけ口を求めない私、そして子供に対しても迷いなく一貫した態度を取れる私は、背負う必要が無いので軽く、ずっとずっと良いはずです。

だから誰よりも恩恵を被っているのは、むしろ夫なのかもしれません。

まあ夫は、私に心の内を話しませんから、真実は夫の深淵すぎる心の奥底にありますが。

 

父は母が見舞いに行く度に、

「本当に申し訳ない。お前の言う通りにしていれば良かった。今まで有難う。」

と言うそうです。

これは、母がずっと欲しかった言葉です。

もう今更遅いけど、母が望んでいた「夫婦で映画を観たり旅行に行ったり老後を一緒に楽しむ」とかは無いけれど、死ぬ前にちゃんと清算され、答え合わせでき、嘘が無く、むしろ幸せな人生の幕引きだと私は思います。

世の中には、心の内には恨み憎しみ蔑みを内包しながら表面だけ取り繕って、老後の人生謳歌してます、という夫婦が沢山ありますから。

夫婦で海外旅行に行ったとか、お揃いの服を着たとか、愛され上手な妻とか、仲良くする秘訣とか、本当にそんなものはどうでも良いです。

仲良くすることに情熱をかけること、幸せに見せることに情熱をかけること、それはとても虚しいことです。

 

私は以前よりも、今の方がもっともっと夫の幸せを祈ることができます。嘘や打算なく祈れますから。

そうして、私達の間に立ち、今も無事に私達を生かし護ってくださる神様に、心から感謝が溢れてきます。

 

主よ、私を見えない鎖から解放して下さり有難うございます。

主の御心が為されますように。

私が主の御心を為せる者となりますように。

 

どうかこれからも私達をお導き下さり、祝福をお与え下さい。

 

皆さんに神様からの豊かなる恵みが注がれますことを祈ります。

 

 

 


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