漢字を聖書的に考えてみたら、、、

中学生男子の部屋が汚いです・・・

教科書、ノート、プリントがザザザーッと散乱しており、やれやれと思って見回すと、その中に作文がありました。どれどれ・・・

「今年の一字」というテーマで、それぞれが一文字を選び、その理由を書くというものでした。

息子は「義」という漢字を選んでいました。

 

「義という漢字は、羊と我から出来ています・・・」

何気なく読んだこの一文に、ハッとしてしまいました。

今まで考えたこともありませんでしたが、確かにそうですね!

 

神様に対して忠実なことをキリスト教で「義」と言い、そのような人を「義人」と言います。また神に属する民は羊に例えられます。

「羊」「我」、つまり、「私は羊です」(神様に従う者です)と宣言することが義であり、そのように生きる人が義人なのだと解釈することができ、漢字の由来も色々言われていますが、聖書から紐解いてみればとても納得できました。

というか、この世を作ったのは主なる神様なのですから、当たり前ですね。なるほど〜

 

この「義」という漢字をよくよく探してみると、

議、儀、蟻、礒、犠、䧧いろいろあります。

 

これを聖書的に紐解いてみると、

「議」‥‥‥神様に忠実な発言すること

そうすると「議員」は神様に忠実な発言をする人のはず。

(軽く絶句)

・・・いまの国会議員をはじめとする議員さん達は一体何なんでしょうね。

違う字を当てた方が良さそうです。

疑とか、擬とか。

 

「蟻」‥‥‥神様に忠実な虫

神様は怠惰を厭い、勤勉を喜ばれます。蟻の性質を見れば、虫の中で何故蟻が義の字を授けられているのかよく分かります。

そういえば以前、蟻とキリギリスの寓話の新しい解釈がFacebookで流行っていたことがありました。キリギリスは音楽を奏でて周りに豊かさと明るさを提供していたのだ、一方蟻は働くばかりで楽しむ心が無い、心が豊かでない、そのことに気付いた蟻が反省する、というような内容でしたね。

この解釈には目から鱗で、当時は本当にその通りだと絶賛していたものです。

でもやはり、神様は勤勉なものを喜ばれます。文化芸術、音楽は重要ですが、それは神様に捧げるものでなくてはなりません。

単に楽しさだけ、快楽享楽だけで、堕落を促すものならば、それはサタンのものでしかありません。現代の流行っている音楽は、ほぼこれですね。

「義」の字を頂けるのは、キリギリスではなくて、やはり蟻の方ですね。

 

犠・・・神様に忠実な牛

旧約聖書の中で神様への捧げものとして屠られ、その血は祭壇に注がれ、肉は焼き尽くされる代表的な動物です。屠る時もただ単に屠殺されるのではなく、祭司が額に手を当てた状態で命を取ることが神によって定められています。

モーセが山に登って主なる神様から十戒を頂いていた時、麓で待っていたイスラエルの民達は、金の子牛の像を作り拝み始め神様の逆鱗に触れました。牛はこうして反逆の象徴でもありますが、義なる牛は神に捧げられるわけですね。この「犠」の字の意味にも何だか深く納得してしまいました。

 

聖書やキリスト教は欧米のもの、というイメージがいまだに否めませんが、聖書を読んでいるとあまりにも日本的なものが多くあり驚かされます。

神殿の造りも、杉で作られていたり、衝立が並べられたり、契約の箱も御神輿と非常に共通点があるのは、よく都市伝説系のテレビ番組で取り上げられていましたね。

また、モーセがイスラエルの民をエジプトから脱出させる時、それを拒んだエジプトに対して神様が数々の災いを下すのですが、その最後の災いが「全ての初子を撃つ(命を取る)」というものでした。

その災いがイスラエルの民に及ばない為に、目印として家の入り口の二本の柱と鴨居に屠った羊の血を塗る、という記述があり、その形が一見神社の鳥居を連想してしまうかもしれません。最初に聖書を読んだ時の私がそうでした。

しかし実際には似て非なる物であることは言うまでもありません。(神社の鳥居についてはこちらにその答えがあります。ご参考ください。)

また京都の祇園祭の山車に、ラクダやら中東を思わせるペルシャ絨毯のような絵柄が付いているものがあるのは知る人ぞ知る話です。

だからこそ日ユ同祖論などがよく話題になっているのですが、この関連性はやはり全くの偶然ではないはずです。

しかしながら、都市伝説系のテレビ番組では、その神秘性にばかりに注目が行くようになっていますから注意しないといけません。

以下の記事は、これらの関連性をスッキリ解いてくれますよ。是非読んで(聴いて)みてください。

〇RAPT×読者対談〈第二弾〉秦氏と神社とロスチャイルド。

〇RAPT×読者対談〈第七弾〉神道とユダヤ教と悪魔教のつながり。悪魔教が日本に伝わった経緯。

〇「日ユ同祖論」は疑うまでもない事実です。だからといって、日本人が偉いとも悪いとも言えません。

また、聖書の続編(外伝)の「トビト記」の中に、義人トビトの息子トビアの結婚相手に取り憑いた悪魔を追い払うシーンがあります。彼女は今まで7人もの男性に嫁ぐことが決まりながら、その結婚当日に相手が死んでしまう不幸が重なった女性で、それは全て悪魔の仕業だったのでした。トビアは結婚当日、悪魔を退治する為に魚の肝臓と心臓を焚き燻して、その煙と臭いで悪魔を追い払ったとあります。何だかイワシを焼いて鬼を退治する節分の行事を彷彿とさせますね。

因みにその悪魔アスモダイは、エジプトの方へ逃げて行き、天使ラファエルに捕らえられたとあります。

エジプトと日本の皇室との関連性も以下の記事をご参考になさって下さい。

〇古代エジプトの太陽信仰=悪魔崇拝が、現在の日本の天皇家へと流れ着き、天皇家を最大級の財閥にするまで。

〇天皇がどこからどう見ても悪魔崇拝者であるという証拠。

 

このようにキリスト教や聖書は私達日本人と全く関係ない遠い国の話というわけでは無いということです。

聖書を読めば、より深く様々なことを大きな視点で理解できると思います。

結局結論が出ず、ただ謎と不安感をモヤモヤと残すだけの都市伝説系のテレビ番組やオカルト雑誌を見る必要も無くなり、ひいては占いや様々な予言や祟りなどに怖れ振り回されることもありません。

今までそんなことに時間もお金も無駄にしていたのかと、呆れてガッカリすること請け合いです。

 

・・・と、話はかなりズレました。

 

私も未来永劫、この「義」という文字を掲げて生きていきたいと思いました。

そして神様からも義なる者として認めていただけますように。

 

皆さんも共に義を天に積むことが出来ますように。

 

心から祈ります。


漢字を聖書的に考えてみたら、、、」への2件のフィードバック

  1. すごいですね!一見、漢字は悪魔が作ったように見えて、実は一部の漢字を神様が作っていたとは!

    インターネットも、神様がイルミナティを利用して広めたものでしたよね。

    漢字には、子供の「供」のような起源が残酷なものがありますが、それは私たち日本人に悪魔崇拝の存在を気づかせるためだったのかも知れませんね。

    やはり、神様は万物を支配していらっしゃるのですねえ…。

    いいね

    1. san15taga さん、
      本当に、目から鱗でした!
      聖書の中で神様に関連して使われる字は、やはり聖なる意味があるなぁ、と。そういえば、この「聖」も耳と口の王で、まさに霊である神様を表していますよね!視覚に訴えないものこそ聖なるものなのだと、以前妹が気付き話していたのを思い出しました。

      いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中