捨てて捨てて軽くなる

ずっと気になっていた、「ソフト偶像崇拝」である雛人形をやっと捨てました。

私は昔から、雛人形は重荷だし要らないと考えていたので、娘には買い与えませんでしたが、自分の雛人形は一応実家から持ってきていたのでした。

古い雛人形に何となく愛着もありましたが、実はちょっと怖くもありました。何よりも、顔の輪郭や目鼻立ちが成長してきた娘にとても良く似ている点も怖さ満点でした(笑)。

そこが捨て難かった要因でもあり、捨てさせないように上手く出来てるなぁと思いましたけどね。

「顔のあるものは出してあげないと災いがある」とか、「しまう時期が遅れると娘の婚期が遅れる」とか、どう考えても呪いのような言い伝えも元々重荷でしたし、甘酒や白酒、雛あられや菱餅などを供える点も、完全にアウトですね。

こうやってソフト偶像崇拝から始まり、お地蔵さんやら仏像やらマリア像やらにお供え物をするという、完全なる偶像崇拝に繋がっていくのだと思いました。

それでも引っ越しの時にはまだ迷いがあり、とりあえず新居には持って来ましたが、屋根裏部屋に置いたまま2年目を迎えていたのでした。

存在を忘れていても、たまに思い出し、いつか捨てようと思いながら実行出来ずにいました。

捨ててみて本当にサッパリしました。

外国人のお友達にあげようか、とか、どこかに寄付するか、とか、色んな思いがよぎりましたが、結局私の手元に無いというだけで横にスライドさせるだけならば、私も偶像崇拝に加担していることになるなぁと思い、ゴミ袋に入れることにしました。

同じく、昔から集めてきた絵本ですが、その中の完全にアウトのやつを捨てました。

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単に絵の可愛さや書評だけで選んだり、頂いたりした絵本で、内容は非常に薄いです。全く未練を感じません。ただ状態が非常に良いので、やはりブックオフなどに売るかどうか迷ってそのままになっていました。でも雛人形と同じ理由で、私の手から誰の手にも渡してはいけないと思い、ゴミ袋に入れました。

特にモーリス・センダックの絵本はどれを読んでも気持ち悪く、良いと思ったことは一度もありません。なぜ彼の絵本がこんなに評価されているのか私には理解できません。

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また、サンタクロースものは本当に大好きでしたが、ミトラ教のミトラスとは・・・知った時には愕然でした。

しかも聖書には1ミリも出てこない完全なる偽物。因みにモミの木も12月25日も一切出てきません。あ、モミの木は一箇所くらいチラ〜ッと出てきましたが、全くもって大した位置付けではありません。これらは完全なる後付けであり、ミトラ教とドルイド教を上手く混入しているわけです。そのどちらも恐ろしい悪魔崇拝教です。詳しくは以下を読んでみてください。

〇キリスト教は悪魔崇拝者によって内部から破壊された。その歴史の詳細について。

〇キリスト教がミトラ教から誕生したという大嘘。ミトラ教は悪魔教であり、悪魔崇拝者たちが悪魔教の要素をキリスト教に混入していったのです。

因みにモミの木はフィンランドの言葉でKUUSI(クーシ)と言って、6を意味するそうです。6はヨハネの黙示録にもありますがサタンを象徴する「獣の数字」です。

(しかし数字も全て神様のものであり、悪魔が好んで6を使うだけで、6そのものが悪いというわけではありません。敢えて6を用いるところに意図を感じる、という意味です。誤解無きように・・・)

これらのことは聖書を読まなければ絶対に分からなかったし、きっぱりと断ち切ることができなかったと思います。

無知は本当に罪です。

知らず知らずのうちに悪魔崇拝をしていることになるのですから。

悪魔崇拝なんてあるわけないじゃん、自分には関係ない、そう思う人が大半だと思いますが、悪魔崇拝は実際にあります。知らない人や知ろうとしない人は、加担しているけれど気付いていないだけです。だから無知は罪なのです。

それもこれも、聖書を読めば分かることです。

聖書と併せてRAPT有料記事、これが知恵です。

とにかく一人でも多くの人が真実を知って、世の中のお祭り騒ぎ(集団ヒステリーとも言う・・・)に乗じず、クリスマスやハロウィンなどの悪魔崇拝行事に加担しないでほしいと思います。

何度も紹介しているものもありますが、以下の記事をどうかご参考下さい。

〇ハロウィンももともと悪魔崇拝者たちの行う生贄儀式でした。ハロウィンとバアルと秦氏と大正天皇との奇妙なつながり。

〇イルミナティという悪魔崇拝組織が、現実に存在しているという確固たる証拠。

〇RAPT×読者対談〈第98弾〉サブカルチャーに隠された悪魔の紋章。

 

ドクロだってオバケだってゾンビだって魔女だって、最初は皆、気持ち悪いと思うはずです。

それが流行っていたりオシャレだという入れ知恵があるから、段々と自分から慣れようとしてしまい、しまいには完全に慣れて、最初の違和感を忘れているだけです。

時として毒は魅力的に見えるものですが、毒は毒です。

邪悪なものは邪悪なものでしかありません。

 

皆さんが邪悪なものから離れ、聖なるものへと導かれますように。

 

 

心から祈ります。

 

 

 

 

 


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