誕生日に誕生日の意味を考えた

昨日は私の四十数回目のお誕生日でした。

私は昔からお誕生日という行事が嬉しくて大好きで(と思っていて)、子供のお誕生日は勿論のこと、自分のお誕生日にも律儀にケーキを焼いていましたし、手の回らない時にはお店でケーキを買って、皆で食べるのがお決まりでした。

夕飯もそれらしい、ちょっと手の込んだ料理にするものだから、準備に時間がかかってしまい、ケーキを食べるのは夜の9時頃なんてことも我が家あるあるでしたね。(笑)

あれ、誕生日パーティーって、軽く義務か?!とよぎることもしばしばありました。

夫は毎年、これまた律儀に花束を買ってきてくれるような人でしたが、信仰を持ってからの私がそういうのを特に求めていないことを理解して、今年は娘が作るプレゼント(折紙)のお手伝いに専念していました。

IMG_7326.JPG
娘のプレゼントの定番、ビー玉と折紙。

 

私の誕生日の場合、この暑い盛りにケーキじゃなくてもいいような気がしながらも、誕生日=ケーキというガチガチの固定観念に縛られて、ケーキが無いと寂しいような気がして毎年同じことを繰り返していたのでした。

今年は作る気ゼロの私でしたが、娘と夫が張り切って買ってきてくれるというので、(つまり娘がケーキを食べたいのです。 笑) せっかくなのでちょっとお高めのお洒落ケーキ屋さんをリクエストして買ってきてもらいました。

 

・・・で、

美味しかったんですけど、

美味しかったんですけどね。

でも、ケーキ無くていいな・・・

と心から思いました。

そして、もうこういうのは最後にしよう、と本当に心から決別した次第です。(あ、子供の誕生日はやってあげようとは思いますけどね。)

 

今年も例年通りに、誕生日だから◯◯を買おう、とか当たり前のように考えていた自分に気づき、なんかそれも変だなぁと思ってやめてしまいました。

 

そもそも誕生日とは、私がこの世に命を与えられた日です。

他でもない神様が、私を母の胎の中で形づくり、祝福と共にこの世に無事に送り出してくださったのです。

命を与えることも、命を取り上げることもお出来になるあのお方が、私に命を与える方を選んで下さいました。そしてその記念すべき日をまた今年も迎えることが出来たというこの奇跡。

 

・・・私が感謝すべきだよなぁ、と思ったのです。

 

私が特別に何かしてもらうのではなくて、私こそが神様に特別に感謝すべき日なのだと思いました。

 

世の中のことは本当に全てが逆転しています。

生まれた私を祝うのではなく、私を産んだ父母を通り越して、私の父母を通してこの世に私を送り出して下さった神様を真っ先に讃えたいと思いました。

神様がいなければ何も始まらなかったのだから、神様を讃えます。

 

神様、私の命を有難うございます。

私の命を産み育ててくれた父母を産み育ててくれた祖父母を産み育ててくれた曽祖父母を産み育ててくれた先祖のそのまた先祖の先祖の先祖、その一番初めからずっとたゆまぬ愛を注ぎ慈しみ育んで下さった神様に、心から感謝し、愛を捧げ、御名を讃えます。

今更ながらそんなことに気付いた私です。神様いつも気付くの遅くてごめんなさい。

 

・・・余談ですが、私の誕生日の日はいつもより早い時間にジョギングに行きました。まだ明るかったので娘が自転車で私達についてきました。因みに息子はお留守番です。一緒に走ったのはあの日一度きりでしたね。(笑)

私は4.5キロ程の距離を夫と同じペースで無理無く走りきれるようになりました。5キロマラソンなら出られそうです。出る予定はありませんが。

夫は少し物足りなかったらしく、あと1、2キロ走ってくると言ってそのまま家を通過して走って行きました。娘もそのまま大喜びで夫について行き、私だけ家に入りました。

汗が引くまで身体を静かに動かしてクールダウンしていると、「大変、大変!!」と息急き切って二人が帰って来ました。

何かと思って出てみると、なんと夫が大きなスッポンを両手に抱えているではありませんか!!

小玉スイカくらいの大きさは悠にある大物です。

 

あ、スッポンて、あの亀のスッポンですよ。

 

はい、こちらです。ものすご〜く生臭いです。(笑)

img_7307.jpg
バケツに入れてみました・・・
IMG_7312
スッポンて、甲羅もプニプニしてるんですね~

 

なんでも、近所の遊歩道にノコノコいたそうで・・・

確かに田舎ではありますが、まさかスッポンがいるとは思いませんでした。池や川も近くには無いですし、一体どうやってここに至ったのでしょうか。

 

対処に困ってとりあえず警察に電話して引き取って頂きましたが、警察の方もビックリしていました。

IMG_7315
警察:「この拾得物、持ち主が現れなかったら引き取りますか?」我が家:「結構です!!!」

手渡してから、スッポン鍋にすべきだったのか・・・未知なる料理の世界を広げる機会を与えられたのかも?!などと色々考えてしまいましたが、やっぱ無理です(笑)。

何よりも夫が両手にスッポンを抱えて帰って来た姿が面白く、思い出しては吹き出してしまいます。

 

物凄い非日常です・・・

本当に今までに無い、特別な誕生日だったことは間違いありません。多分一生忘れないでしょうからね。

 

スッポンは一度喰い付いたら離さないといいますから、私も一度神様にしがみついた以上、決して離してはいけないよ、というメッセージだったのかもと思っています。

神様のなさることは、本当に驚きに満ちていますね。

 

 

主よ、とこしえにあなたの御名を讃えます。

 

どうか皆さんの毎日も、神様への感謝に満ちたものとなりますように。

 

心から祈ります。

 

 

 

 


コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中