使えない学歴、使えない資格

私は人並みに学歴もあり、資格保有者です。

40過ぎてからも、「これぞ天職だ!」と思うものに出会い、お金を投じて必死で勉強して更に資格を取りました。

自分がキラキラ生き生きと生きる為に必要だと、一念発起して取ったわけです。

大義名分が欲しかったし、人の役にも立ちたかった。

善い人になりたかったし、人からの承認も欲しかったし、それなりのお金も欲しかった。

とにかく、「私はこれをやっているんだ!」と、胸を張って言えるものが欲しかったんですよね。

 

・・・決して自慢しているわけではありません。

 

逆です。

 

だって今、実際に使っている資格は・・・

 

普通自動車免許。

以上。

 

なんですもの!

 

虚しく履歴書を賑わすばかりの資格の数々に、今は恥ずかしさしか感じません。

何故なら今の私が惹かれる仕事が、どれもそんなものを必要としないものばかりだからです。

 

資格の取得は高校時代の実用英語検定試験から始まります。とりあえず履歴書に書けるからと2級まで取りました。これを取ったからといって英語がペラペラになったわけでも、大学受験に有利だったわけでもありません。

そして大学時代に教員免許を取りました。教育実習に行ったことは人生においてとても良い経験だったとは思います。

でも、皮肉にも実習に行ってみて教師には絶対になりたくないと思ったのでした。今の私にはとても無理だ、と、その時の私の魂が全力で拒否していました。

今振り返っても、先輩教師・生徒・保護者の三つの関係を、その頃の自己肯定感ゼロの私では抱えきれなかったと思いますから、実際正解でした。

でも子供は好きだったので、いつか何らかの形で教育に携わることになるのかもしれないなとは思いました。それは今でも思っていますけれど。

企業で働きながらも、ステップアップの為にカラーコーディネーターなる資格を取りました。勉強になったけれど、本当にお飾りのキラキラ資格ですね。

 

私が初めて「仕事」というものに触れたのは、高校生の時のアルバイトです。近所の美味しいお蕎麦屋さんでした。

お蕎麦が大好きだったから、そして高校にバレないようにマイナーなお店で働きたかったからという理由でした。

当時はなんと時給500円!働いても働いても頂けるお給料はごく僅かです。でも当時の私には十分な金額でしたし、お昼の賄いが本当に美味しくて(大抵たぬき蕎麦か、かき玉蕎麦でしたが)楽しみで仕方ありませんでした。

たまにお店が暇な時には2歳の娘さんの相手というお仕事もあって、ちょっとしたベビーシッターもやっていました。

そして、大学に入ってからは時給に惹かれてスーパーのレジや家庭教師なんかもやりましたが、(さすがに時給500円はきつすぎましたね。笑)結局心から楽しいと思ったのは、パン屋さん(チェーン店ですが)と神保町のちょっと大人な喫茶店でした。

パン屋さんではその日に売れ残ったパンを沢山貰って帰りました。お金の無い私の朝食と昼食にもなりましたし、サークルに持っていくと一人暮らしのひもじい友達に喜ばれました。

そしてパン屋さんで稼いだお金であちこちお洒落な珈琲店を巡り歩くのが趣味でした。

当時大学の周辺には今のようなタイプのオサレ~なカフェというより、クラシックな喫茶店、珈琲店ばかりでしたけど、その雰囲気もまた背伸びしたい私には魅力的でした。ある日、古本屋街の地下にある珈琲店にどうにも惹かれて、募集が無いのを知っていながら、「ここで働きたいから是非雇ってください!」と飛び込みでお願いしたのでした。

そして、まさかの即日採用でした。まさに聖書の教えの通り、門を叩いたら開けてもらえたわけです。

そのお店でドリップ式のコーヒーの淹れ方を教えて頂き、マイセン、リチャード・ジノリ、ロイヤル・コペンハーゲン等、食器のブランドなんかも学びました。お客さんの雰囲気に合わせてカップを選ぶ方式の喫茶店だったので、色んなブランドの色んなタイプのカップがあって、選ぶのも楽しかったです。

コーヒーの味なんて大して分かりませんでしたが、毎日香りに癒され、背伸びがちょっと誇らしくもありました。

大学を卒業する時、その喫茶店も一緒に卒業してしまうのがとても残念で悲しかったです。

ずっとそのまま珈琲店で働きたいなぁという思いもありました。その店じゃなくても、もっと別の土地で自分に合った素敵なお店を探して働くのもいいなと思ったり。

でも、結局は普通の就職活動をしました。それが当たり前と思ったからです。バブルが弾けた後の超氷河期と呼ばれた時代で、受けても受けても落ちるばかりでしたけれど。

大体において、「これがやりたい!」という情熱が無いのですから、受かるわけありません。

何とか一社、大手の量販店が総合職で採用してくれ、そこで7年間働きました。

自分でも自分が分からない、意味不明で上の空、只々がむしゃらな7年間でした。

接客と、パソコン、自分ではとても扱えないような大きなお金を動かす取引(失敗しても会社のお金)、中国への出張などを経験させて頂き、デザイナーさんや建築士など、なかなか知り合えない職種の人とも知り合えたりはしましたが・・・身の丈に合わず、随分と遠回りしたように思います。

結局私のやりたいことは、企業に入ってどうこうするより、または先生と人から呼ばれるより、パンか珈琲か蕎麦をとことんこだわりのある店(又は学校)で学ぶ、が最も興味があって、やりたいことだったなと思いますから。

でもその頃は優良企業に入ることこそが最善と思ってしまいました。

「せっかく勉強して、せっかく雇われる条件を満たしているのだから、そっちの道に進むべきだ」と、特に望んでもいない方向へと進んでいきました。

親も先生も、「企業や学校で働いた後にパン屋さんや喫茶店で働くことはできるだろうけど、その逆はなかなか難しい」と口を揃えて言いましたし、自分もその通りだと納得していました。

無駄に資格ばかりとって、やりたく もない道へとどんどん突き進んだわけです。これって一体何なんでしょうか。

ステイタスやより良い賃金の為に、興味や特技を捨てる。

でもそのステイタスやより良い賃金は、その企業を辞めた時点で泡と消えます。

残るものは・・・何もありません。

 

RAPTブログの読者証言で、有名な珈琲店を経営していらっしゃるご夫婦の記事があります。

夢を叶えるという点でも、経営的にも成功されているご夫婦です。そして、それぞれが今や深く信仰を持っていらっしゃいます。

〇RAPTブログ読者の証言〈VOL.23〉喫茶店を経営して大成功するも、かえって心身ともに疲弊していった40代女性。

〇RAPTブログ読者の証言〈VOL.24〉RAPTブログに出会って神様を信じて以来、奇跡に満ちた生活を送っている40代男性。

是非読んでみてください。

 

一方私といえば、資格やより良い賃金、ステイタスばかりを追い求めて、本当に自分のやりたいことを後回しにしてきましたが、世の中にはこのような人達がいて、しかも大きく成功なさってからも真理を求め正しく生きようとされていることに心から感動してしまいました。

 

だから、私も結果がどうなるかわからないけど、自分の心がずっと求めていたことに飛び込んでみることにしました。

 

パン屋さんの製造見習いパートです。美味しくてお洒落、私が地域で一番大好きなお店です。

プロの技と道具や機械を間近で見れちゃう、それなのにお給料貰えちゃう、夢のお仕事です。

 

学生時代にやっていたパン屋さんの仕事は販売だけでした。

パン作りが上手な母親の影響で、私もいつしか自分でパンを捏ねて作るようになっていましたが、プロに習ったことも無いし、あまりにも自己流でした。

(勝手に自分なりの配合・・・それはそれで美味しいんですけどね。)

IMG_5610

 

実はこのバイトに決める前に、児童館で働くお話もあったのです。

教職免許が条件の一つで、まさに資格が生きる仕事です。

家からも近く、時間帯などの条件も申し分ありませんでしたし、先方からも是非と言われて渡りに船と乗りかけました。

でも、意気揚々と履歴書まで書いて写真も貼って最終面接に行きかけながら、途中で足が止まりました。

子供は好きだし、いつか教育に携わりたいと思っていたことは確かなのですが、児童館で遊ぶ子供達の様子を見て、「ここではない」と思ってしまいました。

 

何か違う。

同じ過ちをしている。

そんな感覚が最後の一歩を進ませませんでした。

 

その翌日、大好きなパン屋さんの製造パート急募の貼り紙を目にし、電撃が走りました。

時間帯などは希望通りではなかったのですが、「やりたい!」という思いに加え、「やりなさい」という神様からの後押しがあるような気がしてなりませんでした。

 

そして家に帰り、履歴書を新しく書きながら笑えてきたのです。

 

この資格、ぜーんぶ要らないな、と。

何のために取ってきたのかな、と。

 

遠回りさせて、希望の道から逸らせる障害物でしかない資格。

 

もう、笑えて笑えて、しまいには涙が出てきました。

 

そして、その虚しく輝く資格で埋まった履歴書を、恥ずかしながら持参し、即採用されました。

しかも、急募の貼り紙とは違い、何故か私の望んでいた時間帯と曜日ですんなり決まってしまいました。

丁度梨園も仕事が終わり、色々なことが驚くほどスムーズに移行した感じです。

 

まだ始まったばかりですが、カスタードを大量に作ったり、生クリームをトッピングしたり、ビスコッティを計って袋詰めしたり、洗い物や片付けもの等、様々な下積みをやらせて頂いています。

そして、プロの道具や技を眺めながら、目から鱗の日々でございます。(笑)

 

因みにここの店主も、脱サラでパン屋さん修業に入り、開業された方です。車屋さんからパン屋さんという、全くの異業種。そして大きく成功されています。

 

人生、面白いですね。

 

ああ神様、私はあなたに捧げるパンを作れるようになりたいです。どうかそれも私の個性才能の一つとして増し加えてください。

そして、どうかどうか主よ、これからも私を導き練達してください。

 

 

皆さんの人生が絶え間ない努力と希望と輝きで満ちますように。

 

心から祈ります。

 

 


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