長雨の晴れ間に

雨、雨、雨の毎日です。

娘の運動会は、流れに流れ、やっと水曜日に行なわれました。

この長雨を忘れてしまうくらいの素晴らしい晴れでした。

運動会のお弁当にと用意していたローストビーフも鶏ハムも、わざわざ職場に注文していたサンドイッチ用の食パンも、とっくに食べ尽くしてしまいました。

 

当日は平日のため子供達は給食。(笑)

拍子抜けしましたが、これはこれで良いですね!

我が家は学校からとても近いので、子供達の給食の時間、私達も家に帰りました。

なんか、とっても楽〜!

寧ろこの方が良いかもしれないです。

楽しみに観に来てくれた義父母と、仕事をやりくりして休みを取った夫と、おにぎりやちょっとしたおかずや果物で、大人だけのおうちピクニックでした。

義母も栗ご飯を炊いて持って来てくれました。義父が毎朝のマラソンコースの林で拾ってきた山栗の栗ご飯です。甘くて、本当に美味しかったです。

 

平和です。

 

昨年は我が家に父がいて、私の母も義父母も娘の運動会を見に来てくれましたが、それどころじゃないすったもんだの愛憎劇が繰り広げられ、運動会の記憶はほぼ飛んでしまいました。(笑)確か娘が徒競走で3位でしたっけね・・・

 

その日、母はそのまま父を連れ帰るつもりだったのです。

 

「お父さんを返してちょうだい」

「私とお父さんとの楽しい老後を奪わないでちょうだい」

「私達には時間が無いのよ」

 

精神的にも肉体的にも落ち込んだ父を、母自身も手に負えないからと我が家で預かって療養していたわけですが、母の中でいつの間にか自分が被害者となり、私が父と母との間を裂く悪人のようにすり替わっていたのでした。

「私の夫を返してちょうだい」

愛人に詰め寄る正妻の図。三流ドラマで見たことありましたが、まさかこんな形で体験するとは。(笑)

小さい頃から、私が妻(母)の肩代わりをする構図がありました。子供の頃の私は傍若無人な父が大嫌いでしたが、父の心は理解していました。父は疎通のできる私を何かと頼りました。母もその方が楽なので私に頼り、手に負えない父をいつも私に託しました。

母は父本人というよりも、父の偶像(男という偶像)と結婚していたようなところがありました。だから多分理解できなかったのでしょうね。

 

父を迎えに来たと言いながら、歩みの遅い父に一切寄り添うことなくサッサと前を歩いて行く母。

辛気臭い父よりも義母と楽しくお話したい母。

なのに一緒に帰って、父と映画や旅行に行きたいのと嬉々として話す母。

目の前の父に対してはダメ出しと蔑みの言葉しか出て来ない母。

 

そんな母の姿を見て、義母も父をまだ私の家に置いておいた方が良いと私に耳打ちしたのでした。

私も、夫も、同じ意見でした。

 

あの頃の母は絵に描いたような老後の形と既成事実が欲しいだけなのでした。それを実現する為に躍起になり、焦っていたのです。

「何十年も、ずっとこの時が来るのを待っていたんだから。やっとその時が来たのに、今度はあなたが邪魔するのよ」

 

 

お父さんが帰って来るのを楽しみにしていたのに。

踏んだり蹴ったりだわ。

あなたの家で甘やかされて、お父さんどんどん悪化しているわよ。

 

あの時の母とのやり取りも父の顔も、遠い遠い昔話のように、ぼんやりと霞んで思い出されます。もうすぐ消えてしまうでしょう。

 

あの時、私を深く切り裂いた母の言葉や心が、今の私の心を一切苦しめません。

あんなに深手を負ったはずなのに、傷跡一つ、シミひとつありません。

 

昨年の運動会は連日の良いお天気の中、何の支障もなく行なわれました。

でも私の家族は大嵐の中にいたのです。私は毎日張り裂ける胸を叩きながら涙を流し祈っていました。

今年の運動会は、降りしきる長雨の中、ポツンとご褒美のように頂いた晴れの日に執り行なわれました。

父も母もそれぞれの向き合いをしながら互いにも向き合い、それぞれの場所に落ち着きました。私は毎日、胸に手を当てて感謝の祈りを捧げています。

 

神様は本当に凄いことをなさいます。

私の家族に大手術を行なって下さり、奥の奥の奥に蔓延っていたサタンという腫瘍と腐敗を切除して、見事に縫合してくださいました。

 

プライドは、ほんのちっぽけな真実や事実や事象を過剰包装して、とてつもなく大きな荷物に仕立て上げてしまいます。

私達は、その無駄な邪魔でしかない大きな箱を打ち壊し、厳重に包まれた包装紙を破り焼き捨て、中にあるほんのちっぽけなものと向き合えば良いのです。

わかって欲しかった心や

尊重して欲しかった思いや

悲しかったことや

共に喜びたかったこと

 

それらをちっぽけな人間に向けるのではなく、偉大なる神様に委ねたら良いのです。

神様は私達の祈りを吸い上げて、大きな愛を注ぎ、整えてくださいます。

 

 

本当に包み込まれるような青空の下で、娘は只々楽しそうに、走ったり声をあげたり、踊ったりしていました。

一等賞を取るわけでも、代表になるわけでもありませんが、多分誰よりも、心から運動会を楽しんでいたと思います。

私はそんな娘を眩しく眺め、義母と一緒に大声で応援していました。娘だけを見ていました。

 

神様がくださるものは、本当に良いものしかありません。

只々神様の采配に感謝し、愛の大きさに圧倒されます。

 

主よ、私はあなたの愛を受けて生きています。私もあなたのように愛することができますように。

 

あなたのようになりたいです。

 

どうか皆さんの上に、大きな青空が広がっていますように。

神様からの光が豊かに降り注ぎますように。

 

心から祈ります。

 

 

 


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