霊は神様を求めてる

老健(介護老人保健施設)に入居している父に会ってきました。

父の気付き、母の一歩

父とあんぱん、母と私

もう半年近くも会いに行っていなかったばかりか、連絡すら取っていなかったので、正直父がどんな様子なのか会うのが怖い気持ちもありました。

最後に会った時の父の卑屈な顔が思い出されました。

私の変化、夫婦の形

 

父と母のことはいつも明け方のお祈りで祈っていましたから、「きっと護られている。大丈夫。」という確信がある一方で、肉的に考えると、転がるように悪化の一途を辿っているようにも思えました。

毎日が飛ぶように過ぎていき、親のことを考える時間は明け方のお祈りの中の最後の方の極々短い時間だけです。正直会いたいという気持ちも特に無いし、以前のように「私がやらなきゃ」という義務的な気負いもありませんから、このように間が空いてしまったのです。

 

しかし先日急に息子が、「おじいちゃん元気にしてるのかな」

と呟き、久しぶりに会いに行きたいと言い出しました。

 

私は神様に、「会いに行くべき時は教えてください」とも祈っていたので、これがそのタイミングなのかなと思いましたが、今年一杯はサタンの悪足掻きが激しくなるから注意しなさいという御言葉が宣布されていたこともあり、私のウィークポイントである「情」につけ込むサタンの罠かなともチラッとよぎりました。

しかし追い討ちをかけるように夫が、「特に予定が無いなら今日会いに行ってみよう」と日曜日の朝に言い出し、家族全員で行くという流れになったのでした。

 

私は車の中で、ずっと祈っていました。

夫が運転しているのを良いことに、また、息子が助手席を陣取っているのを良いことに、私は後部座席で目を閉じてRAPT有料記事を聴いたり朝会の配信を聴いたりして過ごしていました。隣にいる娘は勿論のこと、殆ど誰も私に話しかけず放っておいてくれました。

病院の上層階に老健はあり、小学生以下は菌を持ち込まないようにという理由で老健の中に入ることができません。会うためには病院の一階のロビーまで父を連れて来なくてはならないのです。私は息子と二人で父を迎えに行きました。

 

父の部屋に真っ直ぐ向かって行くと、そこに父は居ませんでした。

というか、父の名前がありませんでした。

 

ドキリとし、嫌な予感がしました。

 

状態が悪くなって、もっと重篤な人の入る部屋に移ったのでは・・・

湧きあがって来る暗い気持ちを必死で堪えてエレベーターホールに戻り、ナースステーションに声をかけようとすると、反対側の休憩所に知った顔が目を丸くし、こちらを向いて座っていました。

 

父でした。

 

「どうしたんだ?夢じゃないよなぁ」ととぼけた声で言うので、思わず息子と笑ってしまいました。

 

とても元気そうでした。

変わりなく、寧ろ前回会った時より元気そうでした。

下で娘が待っているからと伝えると、嬉しそうにゆっくりした足取りでついてきました。

「ああ、夢みたいだ」

しみじみと呟きながらエレベーターに乗り込みました。

 

娘は父に会っても、特に変わりなく、「あ、おじいちゃん〜」とだけ言って「おやつ食べよう」と誘いました。

息子と娘、そして父が長椅子に並んで腰掛けて、子供達はポテトチップスを、父は「あんこたっぷりアンパン」を頬張りました。

「あ、おじいちゃんにあげる前に無くなっちゃった。これしかないけど、いる?」

娘が最後のポテトチップスのかけらを見せると、父は手を出して受け取り、しみじみ美味しそうに食べました。

 

「あと一個は部屋でこっそり食おう」

もう一つのあんこたっぷりアンパンとミカンを大切そうに懐にしまいました。

「もっと耄碌してるかと思っていたよ。部屋に居なかったから焦ったわ。」

私が言うと、

「最近部屋を移ったんだ。記憶はてんでダメだが、なんとか元気だ」

と答えました。

顔もスッキリして、とてもまともでした。

 

母の家にも寄るつもりだったので、そろそろ出ようということになりました。

 

父を部屋に送って行く途中、不意に思い付き、イヤホンで朝会の配信の賛美歌を聞かせてあげました。

部屋に着きベッドに腰を下ろすと、父は静かに食い入るように賛美歌に聴き入っていました。たまたま11月17日の配信でした。

三曲目の「神様の愛だけで」を聴くと父の目から止めどなく涙が溢れ出しました。

代表祈祷が始まると嗚咽し、最後にアーメン、アーメンと心を込めて呟きました。

 

本当に霊は神様を知っていて、渇望しているのだと思いました。

 

RAPTさんの御言葉が始まり、一生懸命聴き入っている様子を見ると、途中で取り上げることが憚られました。

せめて最後まで聴かせてあげたいと思い、下で待っている家族のところに行き、何処かで時間を潰していてほしいと頼みました。

夫は「またか」というように一瞬嫌な顔をしましたが、気を取り直して「じゃあ病院の裏側の自然公園に行く」と言いました。

 

私が父の部屋に戻ってみると、申し訳なさそうにドアの前に佇んでいましたが、イヤホンをしたまま有難そうに聴き入っていました。

「皆待っているんだろう、申し訳ないな」

そう言いながらも、止めることが出来ない様子でした。心から欲しているようでした。

 

御言葉が終わり、代表祈祷が始まると、再び目を閉じてアーメンと呟きました。

 

賛美歌をもっと聴きたいというので、11月11日の賛美歌の配信を流してあげました。

時に目から涙が溢れ出し、時に嗚咽しながら最初から最後まで聴きました。

 

認知症の症状のある77歳の老人が、初めて聴く賛美歌とレビ人の祈り、RAPTさんの御言葉を素直に受け入れて喜んで聴いている奇跡。

心が、霊が、魂が神様を欲しているのだと思いました。

 

賛美歌を全て聴き終えると、

「なんだか神様に、『お前はこれと全く違う生き方をしてきただろう』と言われているみたいだ」

と言いました。

父は只がむしゃらに生きて、神様の御目に善いと映ることよりも悪いことを沢山してきた罪人ですが、人生の終わりになって神様が悔い改めの機会を下さり、今独りきりの沢山の時間を与えて下さっているのだと思いました。

それを伝えると父は、

「そう考えたことはなかったが、本当にその通りだ」と泣きました。

 

お父さん、お祈りしてね。祈り方が分からなくても、神様にチャンネルを合わせて、心をそっちに向けてね。

テレビ観たり、ぼーっとしたり、クヨクヨしたりする時間はゴミ箱に捨てるみたいな時間だけど、その時間を神様に捧げて祈れば世界の役に立つよ。同じ時間でも、全然違うよ。

 

私が言うと、

本当にその通りだ、

と頷き、

「俺も世界の平和の為に、誰かの為に、一人でも救われるように祈ってみる。うまく出来ないかもしれないけれど、そう思ってやってみる。ありがとう。」

 

父は本当に認知症を患っている老人なのでしょうか。

身の回りのことがうまく出来なくても、計算が出来なかったり、漢字が思い出せなかったり、過去のことをうまく思い出せなくても、神様がわかり、賛美歌や御言葉に聴き入る脳がある方がずっとまともで、ずっと幸せなのではないでしょうか。

 

丁度、公園から戻ったと夫から連絡が入りました。気付けば面会時間終了の16時になっていました。

エレベーターまで来ると、丁度息子が私を迎えに上がってきたところでした。

「じいちゃん、また来るよ」

「ありがとう。受験頑張れよ」

3人で握手して別れました。

 

私が父と過ごしている時間、家族も公園で楽しい時間を過ごしていたようです。

芝生で転がって楽しかった、と娘が喜んで報告してくれました。

 

遅くなってしまったので、母の家には寄らずにそのまま帰ることにしました。その方が自然に思えました。

 

帰り道、不意に夫が、その近くの公園に大きな長い滑り台があって、息子が小さい頃に連れて行ったことを思い出しました。

「行ってみる?」

夕日が傾き始めていましたが、せっかくなので暗くなるまで遊ぶことにしました。

 

10年ぶりくらいにやってきました。

その頃は幼い息子だけでしたが、いまは息子と娘が楽しそうにはしゃぎながら長い滑り台を滑ってきます。

IMG_7718
滑り台は続くよどこまでも

 

中学三年生と小学二年生。

この光景もこれが最後かもしれません。

 

 

思いっきり遊んで、子供達も満たされ、夫も満足そうにしていました。

 

 

帰り道、沈む夕日を眺めながら神様に感謝の祈りを捧げました。

IMG_7716
目に映るものがこの上なく美しく見えました。

 

 

神様、いつも見守ってくださり有難うございます。

私がジタバタしなくても、

私が側にいなくても、

神様だけを愛していれば、ちゃんと神様が護ってくださることを目の当たりにしました。

 

一つ一つ、心の重荷が取り除かれ、自分の役割や義務から解放されていきます。

どうか私が、身重の女の大きな荷物を全て下ろし、軽やかに神様だけに向かっていけますように。

これからもあなたに向かって、あなたを思って祈ります。

 

皆さんの霊が、真の神様を求め、繋がることが出来ますように。

 

心から祈ります。

 

 

 


霊は神様を求めてる」への4件のフィードバック

  1. とめどもなく涙がでて、号泣してしまいました。素晴らしい記事を有難うございます。
    私も、もっともっと神様だけを見て、もっともっと真の祈りを捧げます。
    本当に本当に有難うございました。

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    1. ゆうきのでるこうちゃん梨さん、
      いつも共感してくださり、温かなコメントをありがとうございます。
      共に偉大なる神様を讃え、祈りを捧げましょう。
      主の大きな愛に私達が少しでも答えることが出来ますように。
      貴女に大きな愛と恵みが注がれますことをお祈り致します。

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  2. 記事を読んで、感動しました。情景が目に浮かぶようで、心に染みるようでした。わたしもラプトブログを読んでいます。わたしは何人かの友達にも伝道してみましたが、伝わりませんでした。このようなこともあって、伝えてもきっと分からないだろうという気持ちが強くありました。ですが、この記事を読んで、わたしのこの考えは間違いだったと気づきました。霊は、本当に神様を求めてるんだなと、理解できました。読んでて涙が出てしまいました。感動する記事をありがとうございます。

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    1. irisさん、
      温かなコメントをありがとうございます。御言葉にもあった通り、きっと今まで聞いてくれなかった人達を合わせた以上の素晴らしい人が目の前に現れ、伝道できるのだと思います。共に励み、頑張りましょう。
      iris さんに、神様からの豊かな祝福がありますようにお祈り致します。

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