ヨハネの黙示録の時代が来た

ヨハネの黙示録を読んでいます。

 

初めて聖書を通読した時、意味がわからないながらも、只々恐ろしく、クラクラと目眩がしたのを覚えています。

今は謎が少しずつ解けて、恐ろしいながらもまさにこの時代のことを言い表した預言なのだとしみじみと思います。

全文をここに掲載したいくらいです。

読めば読むほど、幾重にも秘められた主の本当に深い意図を感じずにはいられません。

冒頭部分は七つの教会に対して励ましの言葉と戒めの言葉が記されています。

しかしよく読むと、こう書いてあります。

「耳ある者は、”霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。」

つまり、諸教会に告げることは、私達皆に告げていることなのですね。そして、それら戒めの部分をまとめると、内容は以下のようになります。今私達が学んでいることに、全てが通じていますから驚きです。

 

①あなた達は始めの頃の愛から離れてしまったのだから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて始めの頃の行いに立ち戻りなさい。

→従来のキリスト教を指しているかのようです。聖書の本来の教えに立ち返りなさい、と言っているのですよね。

 

②受けようとしている苦難を恐れてはいけない。死に至るまで忠実でありなさい。

→マイナーはメジャーに迫害されるものです。しかし真実は多数決では決まりません。からし種一粒にこそ真実があります。真実を守り抜きましょう。

 

③異教に準じた偶像崇拝と不品行を是とする者たちがいることを知り悔い改めなさい。

→ハロウィン、クリスマス、まさにこれじゃないでしょうか?聖書に一切載っていないばかりか、実際、悪魔教であるドルイド教とミトラ教の祭りですからね。しかも、不品行(ハロウィンは馬鹿げた悪魔崇拝仮装とカニバリズム、クリスマスはもれなく性的堕落とセット・・・)クリスチャンが率先して何やってるんでしょうか。本当に浮かれてる場合じゃないです。

 

④自らを預言者と称して異教に準じた偶像崇拝と不品行を教える者に裁きを与える。その教えを受け入れなかった者たちは、今持っているものを固く守りなさい。

→いくら偉い人や伝統的にやっていることでも、偶像崇拝は罪です。決して受け入れてはいけません。今の信仰を固く守りましょう。

 

⑤目を覚ましなさい。死にかけている残りの者たちを強めなさい。今の行いが完全ではないのだから、教えをよく思い起こして悔い改めなさい。

→①と同様、原点に立ち返りなさい、と。聖書と、成約時代の生きた御言葉を何度も読み返し、忠実に行えるように努めていきましょう。

⑥主はサタンの集いに属する偽のユダヤ人達に裁きを与え、全世界に起こる試練の時に義なる人々を守られる。義人は栄冠をだれにも奪われないように、持っているものを固く守りなさい。

→真実なる今の信仰をしっかりと守りぬきなさい、ということですね。義を貫けば、必ず神様に守っていただけるのです。

 

⑦自分たちが熱くも冷たくもなく、生ぬるい者であることに気付き、熱心に努め、悔い改めなさい。主は愛する者たちを皆、叱ったり、鍛えたりするのだから。

→本当に耳が痛いです。悔い改めます。どこまでも本気で熱く求めないといけません。叱られたり、鍛えられたりすることは愛ゆえです。

 

尚、これらの戒めを最後まで守り、勝利を得る者には、

①神の楽園にある命の木の実を食べさせてくださる。

→アダムとエバが禁じられた命の木の実を食べられるのです。どれだけの栄誉でしょうか。

 

②決して第二の死から害を受けることはない。

→永遠の命を授かるということですね

 

③隠されていたマンナを与えてくださる。また、白い小石を与えてくださる。その小石にはこれを受ける者のほかにはだれにも分からぬ新しい名が記されている。

→聖書の中に封印され、隠されていた主の奥義を教えてくださるのでしょうか。白い小石、新しい名が何を指すのか教えていただきたいです。

 

④諸国の民の上に立つ権威を授けてくださる。また、明けの明星を与えてくださる。

→義人が世を統べる時代が来るということですね。待ち遠しいです。

 

⑤主と共に歩ける白い衣を着せてくださる。また、その者の名を命の書から消すことはなく、主と天使たちの前で公に言い表わしてくださる。

→なんという栄光でしょうか。そうなれますように。

 

⑥神の神殿の柱にしてくださり、決して追い出されることはない。その者の上に、神の名と神の都、すなわち新しいエルサレムの名、主の新しい名を書き記してくださる。

→義人一人一人が神の神殿なのだから、その中でも中心的な存在になれるということでしょうか。物凄い栄誉ある肩書きまでも頂けるということですね。

 

⑦主の座に共に座らせ、食事を共にしてくださる。

→本当に、末席にでも預かりたいものです。

 

・・・と。

最初から物凄いことが書いてありますよね。

そして、

「ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。」(13章10節より)

「ここに、神の掟を守り、イエスに対する信仰を守り続ける聖なる者たちの忍耐が必要である。」(14章12節より)

と、立て続けに二度も同じ内容が書かれていますから、まさに今こそ私達の忍耐の時なのだと思います。

因みに、それぞれの前に書かれているのは、獣を拝む者たちについての記述です。

私達は、この教えを信じ守り抜くか、世の中の大多数の波に飲まれて獣を共に拝んでしまうのかを試される時が来るということでしょう。

本当に私達の忍耐と信仰が試されるわけです。

 

しかし、大バビロンは倒れるのです。

必ずこの世の常識がひっくり返ることが起きます。それを当たり前に思い、信じて疑わなかった人々が混乱し、パニックに陥るような事実の暴露や価値観の転換があるのかもしれません。または戦争や自然災害などの物理的な破壊があるのかもしれません。突然に明らかな形で来るのか、じわじわとゆっくり気づかないように来るのかはわかりませんが、主の裁きは必ず行われ、大バビロンは倒れるのです。

 

いずれにせよ、その時に慌てないように今からしっかりと神様に結びついていることが必要なのですよね。

大きな獣が倒れた時の余波で吹き飛ばされないように。

彼らの巻き添えを食わないように。

 

どうかこの終わりの時を、一人でも多くの人々と共に祈り歩めますように。

 

共に忍耐と信仰を持ち続けられますように。

 

 

心から祈ります。


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