失った信頼を全力で取り戻す!

今日も朝も早よから元気にパン屋で働いてきました。

 

開店前の朝のパン屋は大忙し。

人気店なので、開店後は平日も、休日は殊更に大忙し。

誰もが黙々と各々の持ち分をこなしています。

私はサンドイッチを3種類作って、ドーナツとカレーパンを揚げ、菓子パン類の仕上げを手伝い、大鍋で2リットル以上のカスタードクリームを炊いて冷やし、それをベースに翌日使う為の6〜7種類のクリームを作ります。洗い物や片付けや品出し、お客様のご注文でパンを切ったりパンにクリームを絞り入れたりなどの作業もちょこちょこ入ります。

仕事が本格的にスタートした段階で、(つまり最初から)左手が萎えてしまったことで作業効率がガクンと落ち、更に天性のおっちょこちょいで大小のミラクルミスを繰り返してしまった私は、すっかり信頼を失い、怒られ、呆れられ、軽く戦力外通告を受けた形となったわけですが、結局当初の仕事を任されて今に至ります。人がいないのですね。

大鍋でカスタードクリームを作るのもどうにか慣れて、毎回滑らかに艶やかにできるようになりました。

そして次回から、カレーパンの中身のカレーを炊くミッションも任されることになりました。

カルダモンのホールとクミンシードをじっくり炒めて香りを立たせる、こだわりのカレーです。

2週間分のカレーパンの中身なので物凄い量です。鍋ではなくて特大のボウルを直火にかけて炊きます。

まだ一人でやったことがないのでドキドキしてしまいます。量が量なのでミスは許されません。

 

・・・なんせ、今までミスしすぎたので。

 

左手が完治するまで1ヶ月を要しましたが、なんとか働き続けることができました。

プライドを守る為なら休んだ方が賢明だったと思います。でも、出なければならないという突き上げるような思いがあり、半分ブラブラの左手で仕事し続ける選択をしてしまいました。

あれはサタンの声だったのか、神様の声だったのか。

 

神様がサタンをお使いになった、が正解かもしれません。

 

私は仕事において、今まで、「使えねー奴」の立ち位置にいた事がありませんでした。

どちらかというと力量以上に頼りにされて、必要以上に頑張る、という感じ。

おっちょこちょいもうっかりも、大抵笑って許してもらえる立場(キャラ)だったと思います。

 

でも今は違います。

全くの逆。

「今日は何をやらかしてくれるわけ?」

「おせーよ」

と、雇い主とベテランさんのイライラを誘うキャラ。頭痛のタネ。

(直接目の前で怒られることも、態度で表されることも、これ見よがしに聞こえるように噂されることもあります。)

 

本当に、小さなことでも怒られたり注意されてばかり。

その怒りや注意には、とりあえず愛は無さそうです。(笑)

私だから怒られる、という場合もあります。他の人にならこんな言い方はしないだろうな、こんな顔はしないだろうな、というものも。

指示する側の言葉の足りなさに不条理を感じることもありますが、雇い主の意にそぐわなければ解雇される雇われの身ですし、とにかく必死で「できるようになる」しかありません。

できていれば怒られないのですから。

それだけ信頼が失墜しているんだと思い、そのマイナスの信頼を回復する為に、ひたすら頑張っております。

 

仕事が遅いので早く来てみれば、早く来すぎと注意され、

他の人の仕事を手伝わざるを得ず仕事が長引いたとしても、仕事が遅いとされ、感謝されることはありません。少なくとも、それを表して頂けることはありません。

(人件費の関係だと後で気付き、それ以来タイムカードを押す時間に気をつけるようになりました。)

 

とにかく、真面目さではカバーすることはできないのだとわかりました。

 

とにかく知恵を使って、手足を無駄なく動かし、丁寧で確実な作業をし、雇い主やベテランさんの目にかなうような働きができるようになるしかありません。

一つ一つ良い行ないを積み上げて、ポイントを上げていくしかないのです。

マイナスからの回復、気が遠くなりますが、頑張ります。

 

本当に、プライドと自分流と甘えを悉く打ち砕かれました。

私はそれだけ、頑なにそれらを持っていたのだと思います。

今まで上手くかわしてソツなく立ち回り、誤魔化してばかりでしたから。

 

良く考えたら、心のどこかで、この要領の悪さはダメだと思う、何とかしたい、と思っていたのでした。

動きに無駄が多いことは、自分の中の課題でした。

それって、天性の才能とか遺伝なのでしょうか、自然と出来る人もいますよね。スポーツと一緒だと思います。

 

有難いことに、今はバリバリ出来る人から直接教わることができます。

そうじゃなくて、こうっ!!!

いちいちそうやってるから時間がかかるんですよ!!!

って、めっちゃ怒られますけど。

おかげさまで強烈に身体に叩き込まれます。

とにかく、丁寧=遅い 、速い=粗い、はどちらもダメで、(まあ当たり前ですが)

テキパキ且つ丁寧且つ美しい仕上がり且つ音を立てない且つ無駄に動かない、この域に達しないとダメです。

どこまでも高い水準、完璧を要求されているわけです。(私が最低限の水準にも達していないということでもあります。)

 

一年前までの私なら、毎日泣いていたと思います。

ズタズタに傷付いて、息も絶え絶えだったでしょうね。

萎縮して、職場に顔を出すのが恐ろしくなったかもしれません。

 

若い頃だったら、その場で泣いてしまい涙が止まらなかったと思います。

 

本当に良く泣いていましたもの。

涙が溢れ出てしまい、どうしたら涙が出なくなるのか、全開の蛇口を締める方法が分からずに四苦八苦しておりました。

以前の記事でも書いた気がしますが、いっそ涙を枯らしてください、と神様に祈ったこともあるくらいです。

 

・・・願いが叶いました。

泣かなくなりました、私。

まだ信仰を持つ前の私の願いが、今になって聞き届けられました。

 

そして気付きました。

 

こんなに頑張ってるのに!!

認めてほしい!!

私、正しいですよね!?

 

これらの思いや感情が無くなって、

「・・・言われても仕方ないな。だって実際できてないもんな。」

と心底思えるようになってから、涙が出なくなったのでした。

人から「こう思われたい」が無くなったこともその一因だと思います。

 

神様は本当に、私に変わって欲しかったのだと思います。

私も本当に変わりたいとずっと思っていました。これじゃダメだと。

 

つまり、神様の願い(御心)にかなった願いだったので、それが叶えられるように環境が整ったのですね。

(因みに、カスタードクリームを極めたい、カレーを極めたい、というのも、昔から心の奥にあった願いだったのですが!)

 

思えば2年前から、その兆候はあったのです。

忘れていましたが、そういえば梨園でも、体育会系の園主から結構目をつけられて怒られていたのでした。

摘果の時に常に両手を上げていないとサボっているように見られるのですが、やっぱり辛すぎて下ろしてしまうと、そんな時に限って園主に見られて注意を受ける、とか。

スピードアップも常に言われていました。

丁寧に扱え、ダンボールを引きずるな、いつまでもその作業にかかりきりになるな、優先順位が違う、周りを見ろ、考えろ・・・などなど。

 

男の人に怒鳴られることは父で慣れていましたが、大人になってから怒鳴られるのは気持ちの良いものではありません。(過去のトラウマを思い出すとか、そういうことではありません。)

本当に惨めで悲しくて嫌になり、何度も辞めようかなと思いました。でも、辞めるのはなんか違うと思って辞めませんでした。

 

園主だけでなく、ベテランさん(女性)から激しく口撃されることも儘ありました。目の敵にされていると感じることもしばしばでした。

わかりやすく睨まれたり、皆の前で大声で嫌味を言われたり、笑われたり、失敗を大げさに誇張してアナウンスされたり、時には私の失敗でないことでも注意を受けました。

 

でも、続けていたら、必死で頑張って少しずつでも上手になっていったら、優しく声をかけてもらえる事が増えました。

頼りにされることが増えました。

認めてもらえるようになりました。

 

仕事が出来る人は、出来ない人にイライラします。

出来ない人の問題点が嫌という程見えるからです。

指摘しても改善されなければ、反省していたとしてもそれを繰り返してしまえば、尚更イライラは募ります。当たり前です。(反省しないのは論外です。)

 

出来ているのに、こちらに落ち度が無いのに、単なる嫉妬やら好き嫌いでネチネチと文句を付けてきたり、不条理な要求をしてくるのであれば、相手が裁きを受けることになります。こちらにその責任は無く、それは神様のお考えになる領域です。

しかし、こちらが完全じゃない以上、出来ていないことがある以上、その叱責はどこまでも練達であり、愛です。その上司や雇い主に愛が無くても、その奥にある神様の愛が見えます。

 

それに気付けるようになっただけでも、私の中の大きな改革であり進歩でした。

 

本当に救われました。

本当に楽になりました。

 

 

神様、どうかこれからも私を練達してください。完全になるまで、どこまでも。

 

私が、そして皆さんが、その果てなき道を立ち止まることも、引き返すことも、脇道に逸れることもなく、ひたむきに進むことができますように。

 

たとえつまずき、脇道に逸れて回り道をしたとしても、必ず本道に戻って来れますように。

 

放蕩息子でさえも、心から悔い改めた時に両手を広げて走り寄って迎えてくださる神様。(ルカによる福音書15章11節より)

 

誰もがこの大きな愛に立ち返ることができますように。

 

 

心から祈ります。

 


失った信頼を全力で取り戻す!」への10件のフィードバック

  1. santagasanさん、
    確かに朝会でそのような疑いがかけられていましたね。私も全編を今朝聴いたところです。結果的にそのような疑いを持たれるような行動をしてしまったわけですから、悔い改めるしかありません。そのことについてはRAPTさんにメールしてあります。まさにこの記事の表題の通りですが、まだ疑いが晴れていないのでしたら、とにかく全力で取り戻すしかありません。

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  2. かばうつもりはありませんが、santaはサタンのアナグラムなので神様を信じて、サタンを忌み嫌うなら、名前を変えると思います。

    このブログを読んで感動したり、なるほどと思うことも沢山あったので、本当に全力で取り戻してください。

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    1. ノユさん、
      愛あるコメントをありがとうございます。また、私の拙いブログを読んでくださっているとのこと、とても嬉しいです。とにかく誠心誠意行い、全てをRAPT さんに委ねます。ありがとうございました。

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  3. 私もノユさんと同じように思いました。
    本当に神様を愛し敬う者が、サタンのアナグラムであるサンタを使うでしょうか。
    RAPTさんの読者であり、有料記事、朝会の配信まで聴いているからこそ質問のコメントを残されたのでしょうが、そこまでの読者であるならば、知らないはずはありません。
    そして、もっとも違和感であるのは、blog主さんの行いを尋問し、裁くのは、主と共におられるRAPTさんであり、主によって使命を受けているレビ人であり12使徒であられる方だけだと思います。何の使命も帯びていない自分が、確定もしていない兄弟姉妹にそのような軽率な言動をとることなど、私には到底考えられないことです。主は全てをみておられ、間違えば、厳しく裁きもお与えになる方ですから、私なら、畏怖が先立ち、その方の御前で間違えたくありません。
    RAPT様のblogによって私は大きな救いを受けることができましたが、信仰を持つなかで、挫けそうになったり、躓いたとき、あなたの書き綴られたブログによって、ヒントをいただいたり、本当に多くのことに気付かされ、悔い改めることができ、たくさん助けていただきました。だから、RAPTさんと共におられ、全てをみておられる主にただただお祈りしています。公正で公平に裁かれる主に、主と共におられるRAPTさんに全てを委ね、お祈りいたします。

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    1. ゆうきのでるこうちゃん梨さん、
      いつも読んでくださり、愛あるコメントをありがとうございます。
      起こる出来事の全てにおいて、その先にいらっしゃる主を仰ぎ、その御意図を考えると、やはり壮大な愛に突き当たりますね。本当に全てが完全になる為のヒントです。これからも共に祈れますように。ありがとうございました。

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  4. ごめんなさい。なんの力も無いはずの私が、まるで神のように思い上がって、責め立ててしまいました。差し出がましい真似をしましたこと、悔い改めます。

    確かにRAPT様に委ねるべきことだったと思います。自分が常に正しいのだと思い上がっていたのだと思います。

    私には悟りがないとわかりました。悔い改めて、もっと悟りを得ようと思います。

    ハンドルネームについても、ちゃんと変更しようと思います。

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    1. santagasanさん、
      これからも共に学び祈り、RAPTさんから頂く御言葉に忠実に歩んでいきましょう。まだまだ信仰の薄い私にとっては道のりは遠いですが、どこまでも神様の愛を受けて、それを惜しみなく与えられる者となりたいです。
      ありがとうございました。

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  5. 本当に申し訳ございません。自分の勝手な考えで怪しいと疑い、ブログに押しかけ、工作員だと尋問しました。中心者でもないのに勝手にそのような行いをしてしまいましたこと、悔い改めます。

    私の身勝手な行いで、不要な疑いがかかるようなことになりました。申し訳ございません。

    二度とこのようなことがないように、私はもっと命がけで主に求めます。

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    1. santagasan さん、
      主は悔い改める人をお救いになるのですから、きっと祝福をいただけると思います。santagasanがより大きく成長される為に主が私を用いてくださったのなら、私こそ祝福を受けております。
      これからも共に祈りましょう。ありがとうございました。

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